“ハイパーリアリティ”という言葉を聞いたことがあるだろうか。日本では耳馴染みが薄いが、海外ではムーブメントとなっている絵画の手法の1つである。フォトリアリズムの流れを汲むその手法を用いた作品は、一見すると、まるで大きな“写真”のようだが、近寄ると確かに“絵画”なのである。

そのハイパーリアリティの巨匠であるイガル・オゼリさんの日本初開催となる展覧会「イガル・オゼリ展 Erasing Photography」が、代官山ヒルサイドフォーラムにて開催中。ハイパーリアリティという表現はどういうものなのか、その先駆者であるイガル・オゼリさんへ伺った。
※「イガル・オゼリ展 Erasing Photography」会期:2017年1/26(木)〜2/4(土)
 

抽象画から「ハイパーリアリティ」へ

画像: 抽象画から「ハイパーリアリティ」へ

イガル・オゼリさんは1958年にイスラエルに生まれた。アーティストの家系でも、特別裕福な家庭でもない、ごく一般的な家庭で育ったオゼリさんは、幼い頃から父に連れられて絵を描いていたという。イスラエル時代は抽象画を描いていた彼が、32歳の時に拠点をニューヨークに移してから“ハイパーリアリティ”を極めることになったきっかけとはなんだったのだろう。

「イスラエルというのは貧しい国だったので、世界中の作家がアート披露するというような環境ではありませんでした。32歳の時にイスラエルから家族を連れてニューヨークへ引っ越して、今のフォトリアリズムに至るまで、いろんなシリーズを手掛けてきました。女性の絵を描いたり、16世紀の女性の衣装を描いたり……、主に抽象画を描いていましたね。25年かけてようやく、今のスタイルが始まったんです。

ハイパーリアリティ作品を手がけるようになったきっかけは、ニューヨークでやっていたプラド美術館展でディエゴ・ベラスケスの《ラス・メニーナス》を見たこと。画家として、こういう綺麗なポートレイトが描けなかったら、自分はアーティストだと娘に誇れないと思ったんです。それからすごくリアルなポートレイトを描き始めました」

ニューヨークで春夏秋冬を過ごしているうちに、自分が描きたいものを確実に描き切るためには写真を撮っておかないと、すべてを記憶しておくことができないと気付いたというイガル・オゼリさん。そこで、まず写真を撮って、それを絵にするという手法を思いついたそう。“写真のままでも作品としてすばらしい”と多くの人が感じているが、なんと写真の技術は独学で身につけたという。

「今はカメラの性能も上がって、独学でも綺麗に写真が撮れますからね。スタジオの窓から見えるハトが、そのスタイルの最初の被写体でした。小さな頃、祖父がハトと触れあっていたのをよく覚えていて、そのイメージを取り上げたかったんです。幼い頃の思い出ともつながる、あの窓からの景色がこのスタイルの原点です」
 

写真より深く、移りゆく一瞬を表現

画像: 写真より深く、移りゆく一瞬を表現

イガル・オゼリさんは絵画のためのポートレイト写真や動画を自ら撮影する。その大量のキャプチャーを精査し、油彩の絵画へ昇華させるまでには膨大な時間と手間がかかっている。

「絵画用のポートレイトは、イスラエル、コスタリカなどいろいろな場所で撮影をしますが、一番多いのはセントラルパークですね。まずは撮影した写真や動画を、1度パソコンに取り込んで、それを少しずつ絵に見えるように加工し、編集していくんです。その中から、自分の好きなクリップだけを選び出して大きく印刷します。次にそれを眺めながら、“絵にするにはどうするのがベストか”ということを、また考えます。考えがまとまったら、プロジェクターを使ってキャンバスに写真を投影し、自分の中で完成させた絵画のイメージを再確認。そこから、やっと描き出すんです」

描き出すという1つのステップをとっても、水彩で描いてみたり、さまざまなスケッチを描いたりしてから、キャンバスに描き始めるそう。“さぁ、描き出すぞ”というところから6〜8ヵ月をかけて、約20作を同時に描き進めているという。これだけの手間と時間をかけて完成させた作品は、写真をベースにしてはいながらも、写真の要素が完璧に消えた“絵画”になっているのだ。本展のタイトル「Erasing Photography」は、このことから来ている。細かい部分まで描き込まれた写実的な筆致を得意とするアーティストは数多くいるが、写真のボケ感をここまで再現できるアーティストはそういないだろう。そのテクニックは専門家が感嘆するほどだ。

「私は昔から、ルネッサンス期の画家が1番魅力的だと思っていました。素晴らしいポートレイトを描けるということが、私にとっての頂点なんですよね。ハイパーリアリティというのは、一時期、ポップアートと一括りにされることが多かったのですが、私はやっぱり違うものだと思うんです。アンディ・ウォーホールらが手掛けるポップアートは完璧に平面の世界でしょう? 一方で、ハイパーリアリティはもっと人間の内にまでクローズアップした作風だと思うんです」

写真や動画といったデジタルな記録手段の技術が進化していく中で、ただ一瞬を切り取るだけではなく、人間のキャラクターにまで深く入り込んでいくハイパーリアリティという絵画。これからもっとも伸びていく可能性を持つ分野だからこそ、彼はこれほどまでに魅力を感じ、情熱を注いでいるのかもしれない。
 

初のアジア人モデル、日本での展示

画像1: 初のアジア人モデル、日本での展示

日本初の展覧会である本展は、アジア人として初めてイガル・オゼリさんのモデルとして起用されたKaopang(カオパン/坂井香)、ミック・ジャガーの娘としても知られているリジー・ジャガー、ポーランド出身のズザナ・ブッシウォルドという3人のモデルを描いたシリーズとなる。それぞれに毛色の異なるモデルについて彼はこう語る。

「初めてアジア人モデルとして参加してくれた(坂井)香は、黒髪でアジアの代表とも言える顔立ちです。雪景色の中に佇む彼女の写真は、ニューヨークで撮影した写真を基にしているけれど、背景のぼやけている部分は抽象画の要素もあります。モノトーンに近い雰囲気は、私の中の“日本”のイメージに近い感じがしました。ポーランド出身のズザナ(・ブッシウォルド)は、高貴な雰囲気の中にもロックの精神を感じさせるし、リジー(・ジャガー)には、青い目にブロンドというアメリカ人らしい特徴があって、それぞれに違う美しさがありますね。

多くのアーティストたちは、セックスや暴力など、ドラマティックなものを描きたがると思うんですが、私は彼女たちのありのままの姿が好きです。3人とも「好きに動いて、なんでもいいよ」とだけ伝えてから、どこから撮られているのか彼女たちが分からないくらい離れた位置から動画を撮ったんです。リジーがタバコを吸っていたり、ズザナが手を挙げていたりするのもそうだし、とても寒い日に撮ったカオリの雪から身を守るようなポーズも自然と生まれたものですね。そういう瞬間を撮るのが好きなんです」

一貫してナチュラルな空気を纏う絵画の中の彼女たちは、飾らない瞬間が好きだと語るイガル・オゼリさんの手によって、まるで映画のワンシーンのように切り取られている。そんな作品の1つ1つに集中して観賞できるよう、展示方法にもこだわっている。1つの壁に絵を並べすぎず、余白を贅沢にとった展示スペースはオゼリさんも気に入っているという。

「今回の個展は、2つの視点で観てほしいと思っています。まず1つ目は、“ハイパーリアリティ”は長い美術史の中の一部分であるということ。ルネッサンス期の作品は、ミレーの《オフィーリア》のようなラファエル前派や、20世紀のアメリカ人画家であるアンドリュー・ワイエスのスタイルにも影響を与えました。もちろん現在の私のアートスタイルにも。そんな風に大きな流れの中の1つとしてハイパーリアリティを受け止めてほしいんです。私自身、ほかのスタイルの作品も手掛けているので、画家としてフォトリアリズムだけの分野に押し込まれたくないというのもあります。

もう1つは、“何を吸収できるか”という視点です。私の作品を見て感じたことを、何かで表現してもらえたら嬉しいですね。特に、学生やアーティストを目指している人が、あらゆるアートに触れることは大切だと思います。新しく若い世代が、どう私の絵を捉え、どう影響をされるのか、そしてそれをどう活かし、自分たちの絵に取り入れるのかを考えると楽しみです。私もたくさんのアーティストからあらゆる刺激を受けました。そういった感性を連鎖させてほしいんです。次世代のアーティストたちが私の絵から何かを受け取り、育っていってくれたら、とても嬉しいですね」

画像2: 初のアジア人モデル、日本での展示

リアルを映し出すハイパーリアリティの繊細な表現力は、液晶画面の中だけでは伝わりにくい。髪の流れや洋服の生地の質感、水面のきらめきから瞳の中の生命力まで、すべてのリアルを描き切った作品を、ぜひ会場で体感してほしい。
 

イガル・オゼリ展 Erasing Photography
油彩・水彩の全24点が展示されている本展は、イガル・オゼリにとって初のアジア人モデルを起用し、日本初開催。一見するとまるで写真のような細やかな筆触が特徴の“ハイパーリアリティ”作品は、寓話的な空気を感じさせながら、現代的なリアリティを持ち合わせ、オゼリ独特の世界観を生み出している。
 
会期:2017年1/26(木)〜2/4(土)
入場料:無料
会場:代官山ヒルサイドフォーラム
東京都渋谷区猿楽町18-8 ヒルサイドテラスF棟1階
開館時間:12:00~20:00(最終入場 19:30)
休館日:会期中なし

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