広末涼子35歳。いったい、私たちは彼女の何を知っていたというのだろう。女優としての仕事に、
自身のプロモーションは必要ない。という姿勢を貫き、彼女の口からプライベートが語られることはあまりなかった。

その反動もあってか、憶測や噂がいつからか彼女の輪郭を縁取っていく――。彼女は言った。そのほとんどが虚構だと。その多くは、広末涼子と会話もしたことがない第三者が作為的に切り取った一部分にすぎないのが事実だ。

「特に吐露したい思いなどはないんですけど、面白いなと思って頂けるなら」と、気さくに笑い、始まったインタビューは気づけば2時間半に及び、2万字を優に超えていた。

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――今日一日、撮影風景を見ていて一番、驚いたのが、カメラマンのアドリブに一切、「NO」がないこと。海でもいつの間にか寝転んでいたり、写真では気持ちよさげですけど、実際は、躊躇なく入れるような水温ではなかったはず。あの柔軟な瞬発力ってやっぱり女優魂みたいなものなのかなと。

「スチールの撮影とお芝居はぜんぜん違うものですけど、共通しているのは、〝応えたい気持ち〞。単純に喜んでもらいたい。そして『どうしたらこの人が笑うかな』『現場が楽しくなるかな』って。それと同時に、客観的にこのページや、カメラマンさんが『被写体である私にどうあって欲しいか?』という部分にアンテナを張って注視してるのかもしれない。それがお芝居だと、『監督が求めるものに応えたい』になったり。そこは、子供の頃から変わらないんだと思います」

 
――期待に応えたい?

「そう言ってしまうと、かっこよすぎる気が(笑)。責任感や重圧感からくるものではない。単純に近くにいる人を笑わせたい欲が強いんです。小学生の頃はすごくひょうきんで、当時から『女優さんになりたい』と公言していたら、関西育ちもあってか、『いや、広末は吉本やろ』って言われるくらい面白いことが好きで。でも、ある時に、自分が面白いことをしなくても〝自分が笑ってると周りも笑ってるな〞ということに気づいた――。そこから、頑張らなくてもいいんだなと。頑張って笑わせるのではなくて、楽しい空気だったり、どういう場を作るかってことなんだなって」

 
――それって、すごく周囲を見てるタイプの人だと思うんですけど、とりあえず、テンション高めにいっておいて、帰宅すると思いのほかどっと疲れが出たってことはあります?

「ハハッ、ありますね。でも、それが苦じゃない。自分が居心地よくあるための手段というか。なので、むしろ元気過ぎる自分に疲れちゃう時はよくあります(笑)」

 
――なるほど。不調の時でもそれを気遣われたりすると逆に心苦しいから、悟られないようにしたり?

「ああ、そうかな。だったら、最初から陽でいたほうがいい。そこは元々の性格もあるけど、こういうお仕事に就いて、さらにそういう習慣がついたのかもしれない。根本的に〝人が好き〞というのも大きいです。好きだから喜んでもらいたい。ポジティブなモノを一緒に共有したいっていう気持ちは強いと思う。

でも、10代の頃は、それだけで突っ走って結果的に自分に疲れてしまったり、周りからのイメージみたいなものに囚われちゃって息苦しくなってしまったり。ホントに無意識で、気が付いたらいい子ちゃんになってしまっていて、なんでも『大丈夫です』と答えるのが癖だった時期もあって――。

でも、今は何かに気を使ったり無理することよりも、正直であることのほうが大事だなって思うようになった。そこは、自分の中での変化のひとつですね」

 
――それっていつくらいのこと?

「20代半ばから後半にかけての時期。ちょっと自分を傍観できるようになってからだと思う。それまでの私は一直線で、自分の叶えたい夢に向かって、全部吸収したくて、全部見たくて、聞きたくて、知りたくて……だった。それよりは、少しクールになった気がする」

 
――叶えたい夢のためという頑張れる要因があって突っ走れた。でも、そこに付随してくる枝葉に息苦しくも……というのは、同時期のこと?

「それは、10代後半、イヤ、20代前半かな。遅く来た反抗期ですよね(笑)。14歳から仕事を始めて、親元を離れたり、やりたいことが目の前にあったことで、周りからの反抗期がないまま育ってしまって――。でも、ある時からいわゆる優等生イメージが本来の自分ではない気がしたというか」

 
――確かに「優等生」イメージでしたよね

「今考えると、自分で言うのも変ですけど、普通にいい子でした(笑)。だけど『いい子だ』って言われるのがイヤでイヤで――。そんな思春期の男の子みたいな状態が遅く来たなっていう実感は、20代前半にありました(笑)」

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―― 一番の引き金ってなんだったんだろう?

「海外でのお仕事をしたことが大きかった。日本人的な受け答えだったり、文化の違いを知った時に、もっとストレートでオープンでいたいし、昔の自分自身はそうだったはず。だけど、いつの間にか、そこにたくさん衣を着せられてしまったような感覚に気づいてしまった――」

 
――映画『WASABI』の会見で泣いたという記事が出たのは、ちょうどその時期?

「そう。しかも、その『泣いた』という一部分だけをクローズアップされて、その前後のことには触れずに情緒不安定と言われて――。単純にあの時は、こんなに素敵なスタッフが一生懸命にいい作品を作ったのに、日本のマスコミの人たちの質問がすごく残念な内容で悲しくなってしまった――。でも、自分が幼かったとは思います。どちらにせよ、そういう感情は表に出すべきではなかった。

結果的に、それを見て彼ら(出演者)がフランス語と日本語での会見だったため状況がすぐには理解できず、『涼子を泣かせたのか』と守ろうとしてくださったことで、すごく空気がおかしくなってしまった――。芸能界独特なモノに対しての反発心、海外のエージェントとの違いや矛盾をダイレクトに感じてしまって、19歳の自分だと溢れちゃったんだろうなって」

 
――何が一番違ったの? 海外のお仕事をしてみて。

「先入観というものが一切なく、真っ直ぐに〝その人を見てる〞気がした。私のことも初めは〝日本からきた小さな女の子〞みたいな接し方だったのに、撮影を重ねていくうちに女優として認められていく瞬間、瞬間があって、年齢もキャリアも関係ない世界だった。完全な実力社会で、ある意味無駄もない。変な気遣いもいらない。プロフェッショナル同士、時間も労力も無駄に使わない。最高のモノを見せるために、みんなが少年みたいに無邪気にものを作ってるという空気感がありました。

 
――そんなところに、くだらない質問をされてしまったと。

「日本に帰ってきちゃったな……って。かといって、私は海外を拠点に仕事がしたいわけではなかったんです。実際に、海外での先々のお声がけも頂いたんですけど、私は家族だったり友人だったり、自分の近くの人たちに喜んでもらいたい思いが強くて。仕事だけを極めていったり、上りつめたいわけではないことにも気づいて、私は日本がいいんだなと感じました」

 
――違和感が残るような場所でも?

「それまでの5、6年で、確かに芸能界のそういう部分も知ってしまったけれども、自分が夢見てた世界はそれだけじゃなくて、夢見てた世界のまま表現したいというか。

私が結婚後、家庭や子供の話はNGですという方針で仕事をしてきたのも、作品を観てもらう時に、私生活が見えないほうが役にハまりやすいということもあるし、お芝居を続ける上では、自分自身を理解してもらう必要性はあまりない気がして、〝広末涼子〞をプロモーションするようなお仕事は遠慮してきたんです。変な噂や記事だったりっていう騒音が耳に入っても、別に自分が耳をふさいでいればいいだけのことで、作品で返せたらいいんじゃないかと思って生きてきた――。

だけど、『WASABI』の会見然り、やっぱり話さないと分からないことってありますよね。他にも多々……弁明すればいいんですけど。例えば、それで裁判ってことになったりすると、すごく現実的なことになってしまうでしょ。誰かと戦ったり争うことをメディアを通して見せてしまうと、私が夢見ていた女優さんってそうじゃなかったし、『そんな世界』なんだとがっかりさせたくなくて、避けてきたのは事実。

ただ、時代的にも、この10年程で変化してきてみんなオープンになってきて、良くも悪くも芸能人だからという特別感もなくなってきつつあるし、私自身のことに興味を持ってくださる人たちがいるなら、隠すことは何もないと思った」

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――確かに、多くの人が私生活に興味は持ってますよね。広末涼子で検索をしたら、旦那、結婚、というワードが一番に出てくるし。14歳からお仕事してきて、35歳の今は、3児の母で、結婚、離婚、再婚も経験してることを考えると、同世代の女性の倍の人生を早回しで歩んできてるともいえる。

「実際、色々な経験はさせてもらってきたし、話してないこともたくさんある。自伝を書いたら相当波瀾万丈で、絶対に面白すぎると思います(笑)。特に今まで、ネガティブな話はしてこなかったので、順風満帆で自由奔放で……って見えるかもしれないけど、はっきり言って実は笑っちゃうくらい不幸もしょってるし、苦労もしてる。でも、30代にもなって、痛みや苦しみを経験したことない人なんていないと思う。誰しもそこは同じ。

今までは、私の私生活でのしんどい事なんて公表する意味はないと思ってきたけれど、それも共有することで、誰かの何かの前向きになれるきっかけになったりするなら話すことにも意味があるかもしれない! 正直、いわゆるマスコミ・芸能界みたいなものって、今でも苦手意識がある。でも、それがこの世界のすべてではないし、私が夢見たようにこの世界を夢見てるコに、同じ夢を与えたいなっていう思いもある」

 
――なるほど。自分の不用意なひと言で、そういう子たちの夢を汚したくないということ?

「本当にそれは大きいです。それに、ドラマ、舞台、映画、この雑誌1ページであっても、夢を与えられる世界だと思っているから――。誰かに、パワーだったり元気、勇気、希望、すごくポジティブなものをメッセージ出来る特殊な仕事だと思うし、そこが好きなことに変わりはない。それが自分の憧れでもあり、そういう存在でありたいと思うし。純粋にお仕事としても、好きだからこそ100%満足することって一度もなくて、もっと上手くなりたい。

そういう、〝もっともっと〞っていう向上心も、好きだから生まれてくるもので、そこも10代の頃から変わってない。最初は女優業は〝夢〞だったけれど、もしかしたら〝天職かも〞と思えた20代を経て、最近は〝自分の使命〞って思うようになった――。

私の人生の中に、この仕事がなければ、〝主婦業〞や〝母親業〞にどっぷり入りたい気持ちもすごくある。やってもやっても、やりたいこと、やってあげたいことはとめどなく出てくるし、そういう家庭での仕事と、わざわざ並行してまで、どうして女優業を辞めたくないかって考えたとき、作品に関わるということが自分に出来る〝社会貢献〞になるかもと思えるようになったことが大きいんです」

 
――社会貢献という意味合いでの使命感?

「そう思うようになったきっかけは、東北の震災。あの時、自分はなんて何もできないんだろうって思った。そんな方はたくさんいらっしゃると思うんですけど、すごく無力感、虚無感に襲われて、悔しくて悲しくて。役者って台本がないと何もできないし、スタッフがいないと舞台も作れない。そんな自分にすごくガッカリした。

ただ、実際に現地に足を運ぶ機会が出来た時、握手をしただけで涙を流して喜んでくださる方々がいて。その時に、私ってなんてありがたい仕事をしてるんだと、これは続けなきゃいけないと思った。私を見て元気になってくれたのなら、この人にまた返す気持ちで仕事の現場に立って、それがまた作品を通じて、その人の目に触れて『私、広末涼子と会ったことあるのよ』って喜んでもらえたり元気になってもらえたら、そうやって繫がっていくんだなと。それが出来たら一生ものだなと思った」


――確かにそういう側面をもったお仕事ですよね。その仕事と家庭の両立。時間は平等というか限られている中で、3児の母となるとかなり大変だと思うんですが、そういった人生の上での選択と、女優・広末涼子としての生き方、どう折り合いをつけてるのかなって。

「そこに関しては、ハッキリ言って優先順位はつけられない。どちらも本当に大切だから――」

画像1: 「広末涼子が美しい理由。」インタビュー全文公開!

 
――最初の結婚は23歳でしたっけ。それって最初の反抗期の最中だったの?

「ホントに、仕事を辞めたくて仕方なかったです。もちろん結婚なんて許されない時だったので、そこへの反発は大きかったし、正直、確信犯ですよね。出来ちゃった結婚だと言われたけど、そうじゃないと結婚なんて出来ない状況だった。今思えば『ごめんなさい』です。でも、私は一度、あの時点でフェードアウトしないと壊れていたと思うし、女優業は続けていられなかったと思う。あのタイミングで一度外の世界を見るというかフラットな自分に戻れたことは、私の人生においては、すごく大切でした。鎧が重すぎて辛くなっていたんだと思う」

 
――作り上げられてしまった鎧?

「そうですね。自分でもメッセージ性がないと意味がないとか、自分にとっての枷がないといけないとか、変なプレッシャーをかけていた――。女優業というものが自分の存在意義みたいになっていたので、そこがないと空っぽで、自分は何をしていいのかもわからないという状態。どうしてこの仕事をしていたのかをすっかり忘れてしまっていたんです。そもそも、作品を観るのが好きで、その世界に飛び込みたいと思ったのに、観る時間も感じる時間もなくなって、インプットアウトプットじゃないけど、出してばっかりでスカスカになったんだなと。

特に舞台などと違ってTVは一方的だから、リアルな周りの反応だったり生の声が聞こえてこないし、勝手に作り上げたものなのか、作り上げられてしまったのか、に閉じ込められてしまった感じがして――、でも、丸々2年間休ませて頂いた期間で、好きだったからやってたんだという初心に戻ることが出来たんです。でも、実際に『再開しよう』と思えたのは、引っ張ってもらえたからで、引っ張ってもらえなかったら、戻ってきてなかったと思います」

 
――どうして?

「それくらい家のことが楽しかったんです。当たり前の生活が最高に楽しくて。普通のことが全く出来ない10代だったので、季節を感じたり、お料理をしたり、人と会ったり、ましてやそこに子育てが加わって、初めての経験で最高にミラクルの連続でした。ぜんぜんお仕事に復帰したいと思えず(笑)。再開するにしても、さすがに自分の言葉が子供にちゃんと伝わって、子供の言葉が分かるようになってからかなと思っていたので、そのタイミングから少しずつ復帰し始めたものの、家に帰りたくてしょうがなかったり――。

自分にそんな感情が生まれるとは思ってもなくて、そこで初めて女性に生まれて良かったって思えたり。自分の男勝りな性格や、仕事への向き合い方、トータル的に考えても、男に生まれていれば良かったってずっと思っていたので、そこからの変化は大きかったですね。いい意味で、仕事が主軸ではなく自分の一部になった。そして、どちらもちゃんと両立するために、自分にとって大事なモノだからこそ、家庭と仕事、どちらも双方に持ち込まないと決めたんです。

家では台本を開かない。仕事の場での役や気持ちを家庭に引っ張られないようにする。仕事の現場には子供は連れて行かない。そうきっぱり分けることで、逆に集中力が増したり、潔さも生まれたり。私だけ一日36時間欲しいくらい時間が足りないけれど、家に仕事を持ち込むと、きっと家のことが上手く進まなかった時にストレスにもなるし、私にとってはこのスタイルがベストなバランスなんだと思います」

 
――どっちのせいにもしたくないものね。

「そうなんですよ。なのでスッパリ分けるというのが自分には合ってます。どんなに余裕があるときでも、家では仕事をしない。時間ができた時には、家のこと、子供のことをもっと出来るようにその時間を使う。それはずっと変わりません」

 
――子供との時間、家庭での時間を楽しんでいたというのは、本来の自分を取り戻したということだったの?

「個人的には、女優を仕事とするなら、役に対して勉強したいこと、観たいモノ、読みたいモノ、習得しなきゃいけない技術、それに付随するお稽古、美容面で時間をかけたい部分だったり、どう考えても物理的にすべての時間を自分に使えたほうがいいのだと思います。でも、私は、そっちの生き方ではないなって、以前から感じていたんだと思う。だから、自分よりも大事な子供という存在が出来て、自分の優先順位が一番じゃなくなったことがすごくしっくりきて、心地よく感じられたんだと思います。

人生の中で仕事以外の価値や意義を見つけられた。それは私にとってすごく大きなこと。ひとりで女優さんとして生きていく生き方は、私には無理。そうされてる方の心の強さを尊敬するくらい」

 
――性格もありますよね。ひとりがラクで好きな人も確実にいるし。結婚に向かない人もいるだろうし。面白いなって思うのは、ダイジェスト版でざっと人生を聞いてるせいもあるかもしれないけど、切り替え早いね、って。

「あはは。ですよね!」

 
――自分にとっての正解に辿り着くのが早いというか。

「確かに、辛い時ほど突き進むタイプなので、迷ってウジウジ閉じこもったりしないからかな。〝ヤバい、最悪!〞って思った時こそ、いろんな人の話を聞いたり、もっと勉強したり、楽しいことをしないと気がすまなくて逆に行動派になるし、平和な時のほうがのほほんとしてるタイプですね」

 
――荒波が来たなら波をかき分けて越えていくタイプ? ちょっと意外。

「そうなんです(笑)。でも、それで反省することも多いですよ。けれど後悔することはあまりない。クヨクヨするのが苦手で。でも、いっぱい反省はあります。ホントに」

 
――反省と恥のない人生なんてないですよね。封印したい過去なんてみんなそれなりに持ってる。そもそも、人付き合いにしたって、仕事や家庭、それぞれのフィールドでの印象が違う人も多いだろうし。

「それくらい人間って多面的ですよね。私の印象もそれぞれ違うんじゃないかなと思う。でも、そのどれもがホントというか、ウソではないのだと思います」

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――多面的な自分という部分でいうと、何が一番最初に浮かぶ?

「すごく極端なんです(笑)。例えば、最初の反抗期もそうですけど、それが結婚という選択肢になったり。仕事に対して迷いがあった時期に、立ち止まる時間が欲しくて無理やり太るという暴挙に出たり(笑)」

 
――それって太ると仕事が減るとか?

「そう。その当時の勝手な自論なんですが、極力、人に迷惑をかけずに誰かを傷つけることなく――って考えたら、その結論に至って。最低な女優ですけど、太るためにコーラ、クッキー、ラーメン、ビールっていうのが一番反応が出るので、ひたすら繰り返した時期もありました。でも、今思えばたくさんの方々に迷惑をかけたと思います……」

 
――ストレスからの過食じゃなく目標としての過食だ(笑)。

「中途半端がイヤで、曲がったことが大嫌いっていうのはあるんですけど、あまり人が立てないような計画だったり選択だったり。そういう部分ではかなり極端だったなと。でも、それが最善だと思ってそこに突っ走るタイプ。その最初の20代前半の反抗と、離婚に関しては本当に申し訳なかったなって――。どう考えても、どう自分が正論を並べても、子供にとってはいいことだとは思えないので」

 
――離婚したのは27歳の時ですよね。

「私って嫌なことをすぐ忘れちゃうタイプで。だから、この仕事も続けられてると思うんです。でも、やっぱり離婚に関しては自分の家族はもちろん、友達でも経験者はいなくて、まさか自分がそんなことをするなんて思ってもいなかったから、自分の人生の選択としてすごくガッカリした。でも、離婚という決断自体は衝動的でも感情的でもなく、その発端はあれど、そこから何度も立て直そうとしたし、すべてやってみての結論だった」

 
――考えつく限りのことをやり尽くした?

「はい。時間も、お金も労力もすべてかけて全ての方法を――。離れてみたり、もう一度一緒にゼロから始めること、そこからもう一度立て直す努力だったり、もう後悔はないというところまでとことん。でも最終的に一番大きかったのは、私が笑ってないと息子が笑えない。だからこそ息子と二人で生きて行こうって思ったことです」

 
――仮に、子供がいなかったら?

「それでも、離婚は避けられなかったと思います。彼にとっても私の存在がいい影響に思えなかったから。相手が私じゃなかったらこうはなってなかったんじゃないか? って。私の仕事は、男性にとってはすごくプライドを傷つけられることも多いと思うんです。あと、私自身の事で記事になったり何か言われることは自分のことなので我慢できるけど、相手にとってはすごく、リスクでしかない。

私の性格自体も男性をダメにしてしまっていっている気がした。だから二度と結婚はしないってその時は思いました。そこはどう考えなおしてもポジティブには受け止められないです。だけど、結婚は間違ってなかったと思っています。息子を授かったことは人生で最高の出来事だから。」

 
――シングルマザーになることに関してだったり、生活に対する不安とかは?

「生まれて初めて体中に蕁麻疹が出て地図みたいになっちゃったり、体重が減ったりだとか。私には不幸ダイエットが一番効くんじゃないかと思うくらいボロボロでしたね」

 
――嫌なことはすぐ忘れるっていうけど、感受性の強い人や繊細な人ほど体に出たりしますよね。

「そんな、精神的にも弱いと思っていないし、繊細なタイプではないと思うんですが、いろんなバランスが崩れてしまっていたんだと思います。絶対に離婚だけはしたくない、という思いが強かったのもあると思う。相手を恨んだり、責めたりっていうことではなかったんですが」

 
――そもそも、結婚を決めたのは、どんなところに惹かれて?

「自分を守ってくれる人だと思ったし、自分よりもずっと上の方にいる人だと思っていたので、私を引っ張ってくれる相手だと――。当時は男らしさに憧れてもいて」

 
――23歳くらいだと、十分な理由ですよね。

「でも、男らしく見える人が男らしいとは限らないんですよね(笑)。今ならそれも分かる気がする。私に見えていた彼がことごとく変わっていってしまったので。それが結婚のせいなのか、月日の流れなのか分からないけど。ただ、それは彼が悪いわけではなくて、私とのバランスだったんだと思う」

 
――ちなみに、それまでにも恋愛経験はあったの?

「大好きな人はいて、長くお付き合いをしたけどそれも大変な恋愛でした――。若い時って、相手を変えられるとか直せると思ってしまうものですよね。自分と出会ったことできっとその人の歴史が変わるんだって。でも、まぁ、人はなかなか変わらない(笑)」

 
――すごくわかる! 学びますよね、そこも(笑)。

「付き合って1ヵ月かそこらで別れるとかって、私は意味がわからなくて、自分がその選択をした以上は貫きたいんです。そういう部分は頑固。自分が歩み寄るのか一緒に成長するのか、どうであれ、きっと出来るはずって思ってた。ポジティブさんだったからかもしれないんですけどね(笑)」

 
――荒波上等なタイプだし、そこから逃げるという選択肢はなかったんでしょうね。

「でも、今思うとそこはあまり必要なかったのかもしれないですね。(笑)」

 
――今の自分だったらもっと決断は早かったかも?

「かもしれないです。そこを好きになるのは間違ってるぞ。ガマンして頑張ったって先は無いぞって。だけど、自分と違うタイプの人を好きになってしまうのが若さじゃないですか(苦笑)。ワイルドな感じがしたり、ハングリーな感じだったり、自分にない部分が光ってみえて。特に、この仕事をはじめてからすごく自分が小さく収まってしまったり、いい子ちゃんに思われていたから」

 
――今はもうそこにはときめかない?

「はい。そこじゃないなと。見えてくるのが遅かったけど(笑)」

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――ちなみに、恋愛に走る以外の反抗とかってあった? 夜遊びしたりとか。

「夜出かけるっていうのは、20代になって初めて出来ることでしたから。お酒が飲めるようになったり」

 
――え? 10代でそういう経験はなかったの?

「もちろん。打ち上げとかも、楽しいとテンション上がっちゃうから、本当に一滴も飲んでないのに酔ってるように思われたりはしましたけど(苦笑)。学校に通っていたし学生の友達ばかりで芸能界の友達はいなかったし。

20歳になってからは特に、仕事以外の時間が持ちたくて、家にいる時間がもったいなくて、もっと世界を見たくて。それが夜遊びというと意味が違うんだけど、夜外に出ることはあった。単純に家にいると退屈でもったいなくて。でも、睡眠不足はダメですね。それも学んだこと。仕事は辞めたくないし、でも人とも繫がっていたいし、勉強もしたいし。そうすると睡眠しか削るものがない。でも、睡眠をとらないと声が嗄れます(笑)。

自分でもその当時ってすごくパワフルだったなと思う。それから私は、あまり出来ないこととか、ダメな人とか、苦手なことは少ないかもしれない。なので、若い時はそこをよく否定されたりもしました。

『すべてに対して肯定的で、受け入れ過ぎるから自分のキャパ以上のことまでしょってしまっている』とか『作品に対しても否定が出来る人ほど意見があるんだ。肯定するのは簡単だ』『何でもウエルカムというスタイルが間違ってる』と言われた時もあった。確かにそうだとは思うんです。否定するほうが難しいのかもしれないと。でも、性格的に、否定するのは苦手だし好きじゃない。とはいえ、大人になるにつれその必要性も、理解してきました。

何かを創りあげていく上でだったり、座長的な立場や年齢になってきたときに、時にはネガティブなことも伝えていかなきゃいけないし、自分が怒っているという演出をしなきゃいけない時もある。そこはだんだん変わってきた部分」

 
――確かに、自らピリッとした空気を出さなきゃいけない時もありますよね。

「でも私、怒っていても怒ってることが伝わりづらいみたいで。口角が上がってるせいかもしれないんですけど、すごい精一杯嫌な感じで言ったつもりなんだけど、いまいち伝わってないことが多くて」

 
――それはあるかも。でも、それって広末涼子の大きな魅力ですよね。今日も何度、その笑顔に癒やされたか。笑うと一気に童顔だけど、その一方で、ゾクッとくるくらい艶っぽかったり。3つの女性像を撮ったような撮影だったけど、このすべてを持ち合わせてる奇跡の35歳、他にいる? って、スタッフ女子たちがザワつくという。

「あはは。嬉しいです! 私はホントに人との出会いに恵まれていて、そこは大きい。失敗もしてきているけれど、基本的に人間関係では争いごとはないほうだと思います。」

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――争いがないのは自分が争いを起こさないともいえる? あまり怒ったりもしなければぶつかることもそうないだろうし。

「そうか、確かに、ないですね」

 
――我慢しちゃうの?

「それもあるかもしれないけれど、もしかしたら、冷たいのかもしれないですよ。だって他人じゃないですか。だからそこまで怒る必要があるのかなとか。あ〜残念だなとか、悲しいという感情のほうが先行するんです。怒りの前に悲しくなっちゃう。だから身内のこととなると少し変わってくるのかもしれないけれど。」

 
――なるほど。

「怒りを芝居で表現する時は結構、難しくて、監督に物を落としたり椅子蹴ったりしていいですか? って、外からのアプローチを考えることが多い。台本の会話では、内側から湧き出てこないけど、物が落ちたりするとショックだったり、バンって叩くことで痛さが悔しさを生むかな? とか。そういうところから作ってみたり」


――なんかちょっと面白いですね。当然怒るだろうという台本上で、「悲しいね」で終わっちゃう感じが。

「恋愛に固執してる役だったんですが、そういう執着心が私になかったのかも。取り立てて冷めてるというワケではないんですけど、どこかで理性的であることが大人であり、大事なことだと思って、こうあるべきという立ち方みたいなものを作ってしまうところがあった。でも、ママさん同士の付き合いでも、仕事の女優としての立ち方でも、〝作る〞ことをやめてから、すごくラクになりました。

若い時は、本当の自分と表向きの自分を切り替えようとして、もっとクールに女優さんらしくいたほうが誤解を生まないしとか、お母さん達との付き合いも冷静でカッチリしていたほうが理想的だろうと実際にやってみたけど、出来なくて――。

素の自分でいたほうがみんなが助けてくれたり、分かってくれるんだなということを母親になってから実感した。人との出会いというのも、私がトラブルを起こさないんじゃなくて、やっぱり類は友を呼ぶというか似た人が集まるのか、自分から近づいていってるのか、素の自分でいたほうがラクですよね。本当に素敵な出会いに恵まれています」

 
▼後編はコチラから!

 
Photo:ND CHOW Make-up:UDA Hair:KEIKO TADA(mod’s hair) Styling:Machiko Hirano Interview:Takako Tsuriya Composition:Mayuko Kobayashi

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