約10年にわたり、多くの読者に熱狂的に支持され愛されてきた『溺れるナイフ』。まずは、この名作が生まれたきっかけをジョージさんにたずねてみた。

 

わからないものには、理由がある。
それが面白い。

画像: わからないものには、理由がある。 それが面白い。

「『溺れるナイフ』を描く前に『少年少女ロマンス』という作品を連載していて。それもアンバランスな二人がお互いの理想と現実をぶつけにぶつけあってコナゴナになった後、どう、何を選抜するのかを描いたつもりなのですが、次作は挫折と再生を長いスパンで描きたいと思いまして」

 
その思いから派生した今作の輪郭を明確にしたのは「当時、抱いていた疑問の数々だった」そう。

「例えば、東京育ちの自分は田舎に憧れるけど、実際、そこに引っ越したら暮らしていけるのか? 幼い女の子達のエグい写真集を出したりしているけれど、彼女たちはどんな気持ちでカメラの前に立ち、この先どうなってしまうのか? 様々な疑問が物語に繫がっていった。そんな疑問の中でも、特に理解できなかったのが、漫画家という仕事の対極にある〝表舞台に出る人達〞の気持ちだったんです」

 
そして「長く付き合う作品にしたいのなら、そういう〝わからないもの〞と向き合った方がいいんじゃないかと考えた」と言葉を続けたジョージさん。

「当時『ハートを打ちのめせ!』という読み切り形式の連載をしていたのですが、その作品では、あえて苦手な女の子を主人公にしていたんです。例えば、嘘つきな女の子だったり、ヤリマンみたいな女の子だったり。そして〝彼女達はなぜそうなったか?〞を考えながら描いていった。それが面白かったんですよね。

わからないものには理由がある。その理由を考える作業が新たな物語を生み出すこともある。特殊な女の子を描くのは好きだし得意だけど、特別な女の子を描くのは苦手(笑)。そんな私が完全に後者である夏芽という主人公を描いたのには、そんな期待もあったんですよ」

 

コウの人物像に強い影響を与えた、
中上健次作品

画像: コウの人物像に強い影響を与えた、 中上健次作品

さらに『溺れるナイフ』を語るうえで、外せないのが〝中上健次〞というキーワードだ。

「私は邦画が好きでよく観ていたんですけど、〝これは凄い‼〞と思う映画の原作が中上健次さんの小説であることが本当に多かったんです。なかでも、彼が脚本を書き、柳町光男監督が撮った『火まつり』という素晴らしい映画があって。〝私もこういう作品を描けたらなあ〞と思ったんです」

 
出身である和歌山の熊野地方を舞台に数々の作品を書いた中上健次。「『溺れるナイフ』の舞台は丁度その頃世界遺産にもなった熊野にできたらと思っていました」

作品制作に取り掛かる前、まず訪れたのはそんな彼の故郷である新宮市から車で1時間山に入った温泉地と、さらに歩いて1時間の神社だった。

「『火まつり』もまた熊野が舞台になっているんですけど、その映像で感じた〝土地の力〞がそこにはそのまま存在していて。この神聖な空気を漫画に描きたいと強く思いました。そこを歩いて〝ここで生まれ育つのってどういう感じなんだろう〞とイメージを膨らませました。

一人で必死に写真を撮ったり、青白い顔で必死にメモをしたり。よっぽど怪しく映ったんでしょうねぇ。結果、自殺をしに来た人と間違われ、見知らぬおじさんに〝人生色々あるよな〞と励まされてしまったという(笑)。実は、そこで聞いたおじさんの身の上話が、夏芽の父親像に繫がっているんですよ」

 
コウの人物像に強い影響を与えたのもまた中上作品だった。

「名作『熊野三部作』を始め、中上作品の主人公は皆エネルギッシュでギラギラしている。何か秀でた特技があるわけではないけど、絶対的なカリスマ性、全能感を漂わせていて。そんな人物を描きたいという思いから生まれたのがコウなんです。結果、中上作品とはだいぶ違う仕上がりにはなりましたが(笑)

また、〝自分には何でもできる〞と信じている、子供の頃の全能感っていつか消えるものだけれど、特別な人物の〝裏打ちのある全能感〞を、どうでもいいもので、まさかの角度でぶち壊されたらどうなるのかも描いてみたいと思ったんですよね」

 

単純に面白いと思うものを
描いているだけなんです

画像: 単純に面白いと思うものを 描いているだけなんです

そして、生まれた『溺れるナイフ』。恋愛の二文字には収まりきらないその世界観は連載開始当初から話題に。

当時を「こういうのを読みたい子もいるでしょ、そんな気持ちで描いていた」そう振り返り、「でも『別フレ』をめくるたび思いました。〝うわ〜浮いているな〞って」と笑ったジョージさん。

「今もよく聞かれるんです。〝なんで『別フレ』でデビューしたの?〞って(笑)。そもそも、小学校の頃からずっと『なかよし』に投稿し続けていたんです。講談社の賞金が一番高いっていう理由で(笑)。でも高校生の頃、編集さんに言われたんですよね。〝君は『なかよし』じゃないよね〞って。

というのも、その時に持ち込んだ漫画が『情熱のアフロ』ってタイトルで。〝そもそも小学生にアフロが伝わらない〞と(笑)。そこから、同じ講談社の『別フレ』に繰り上げて投稿し始め……。まあ、話はそれましたが『なかよし』にアフロネタをナチュラルに投稿できるくらい、そもそも自分自身は〝異色な作品を描いている〞という感覚が全くないんですよ(笑)」

生々しいほどにリアル、エキセントリックでドラマティック、いい意味で少女漫画の文法に寄り添わない、そう評されることの多いジョージ作品だが、それに関しても、本人は意識しているわけでなく「単純に自分が面白いと思うものを描いているだけ」と語る。

「よく、作品に関して〝なんでコレを描こうと思ったんですか?〞という質問をされるんですけど。私からすると〝だって、そっちの方が面白くないですか?〞って。その質問自体〝意外〞と感じる瞬
間も多かったりして。

面白い漫画を描けばいい。そうすれば、読むに値すると読者にもきっと選んでもらえる。そう信じて描き続けているんですけど……。『恋文日和』を描くときは、担当編集に呼び出され、目の前で二つの円を描かれて。〝こっちがジョージの描きたい漫画、こっちが読者の読みたい漫画。この重なっている部分を描いて〞と言われ〝ちっさ‼〞と。まあ、そこからは読者の視線も自分なりにですが意識するようにはなりました(笑)」

 

『溺れるナイフ』は
あの時だから描けた作品

画像: 『溺れるナイフ』は あの時だから描けた作品

「今作の映画化に関しては、かなり初期の段階で山戸監督から、熱いお手紙をいただいたんです」そして「今後、こんなに監督自身に思い入れをもって撮ってもらえることはないかな」「このままだと、この作品は時間と共に忘れ去られてしまうし、映画化はもっと読んでもらえる最後のチャンスになるかもしれないな」そんな思いで快諾したと言葉を続け、『溺れるナイフ』を「特別な作品」と語ったジョージさん。理由を尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「この作品に関しては〝これ以上は無理〞という部分まで押し通し、寛大な処置で描かせてもらえた。そこは本当に『別フレ』に感謝しています。あとはまあ、単純に〝長い〞っていう(笑)。約10年の連載期間中、キャラクターの気持ちに沿うように、自分自身を追い込み、描くのがしんどくなったことも。真正面から向き合い、共に濃厚な時間を過ごした作品でもあるので〝あの時だから描けた作品〞。同じものはもう描けない、そんな思いでいるんです」

 
思春期の爆発しそうなエネルギーに惹かれるのは変わらない。でも「そのうち、また大人の女性の恋愛も描いてみたい」という思いも。

「大人の女性は仕事に忙しく恋愛に癒やしを求める人も多いと思うので、逆に全然、癒やされない男と恋に落ちるとかどうですか? もはや修行。〝死ぬのかな、私〞みたいな、自分は癒やされたいのに、みたいな(笑)。現実にあったら困るけど、読むのは面白い、そう思ってもらえたらうれしいですよね」

 

PROFILE

ジョージ朝倉
5月11日生まれ。東京都出身。女性。1995年、『別冊フレンド』(講談社)にてデビュー。2005年『恋文日和』で第29回講談社漫画賞少女部門を受賞。他の主な作品に、『恋文日和』、『少年少女ロマンス』『ハッピーエンド』『ピース オブ ケイク』など。現在、『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)にて『ダンス・ダンス・ダンスール』を連載中。

 
●情報は、FRaU2017年 4月号発売時点のものです。
撮影/東海林広太 ヘア&メイクアップ/AZUMA(菅田将暉) メイクアップ/UDA(小松菜奈) ヘア/NORI TAKABAYASHI(ang le/小松菜奈) スタイリング/猪塚慶太 インタビュー/石井美輪 構成/小林真由子

 
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