42歳にして、「自分のこれまでの人生の集大成」と言い切れる作品ができ上がった。本木雅弘さん演じる主人公は小説家。その一見華やかに見える職業が持つジレンマと、子を持たないまま中年になってしまったおとなの、社会との間の〝宙に浮いたような距離感〞とに自身を投影させた。

彼女が映画に夢を託してから20年。物語を紡ぎ、映画と格闘しながら、自分の人生に対する価値観の変容を実感したと語る。そうして、西川さんにとっても、ここから “あたらしい物語” がきっと、動きはじめる。

 

画像: 映画監督・西川美和と『永い言い訳』

自分自身の仕事に、「引け目を感じることがある」という。

西川美和さんの最新作『永い言い訳』。デビュー作『蛇イチゴ』から、『ゆれる』『ディア・ドクター』『夢売るふたり』など一貫して自身でオリジナル脚本を手がけてきた彼女が、今回は初めて映画に先行して原作小説を書き下ろした。

 
主人公の衣笠幸夫は小説家。人気作家・津村啓としてテレビ番組などにも出演している。結婚して20年になる美容師の妻・夏子がいながら、妻の旅行中に若い編集者と情事を重ねていた。そこに突然、妻の訃報が届く。

夏子の死をまっすぐに悲しむことができない幸夫の前に現れたのは、夏子とともに事故で亡くなった親友・ゆきの夫・陽一だった。陽一とゆきの間には、2人の子供がいた。妻を亡くした幸夫が、母を亡くした子供たちと出会い、〝誰か〞と生きることのうれしさとむずかしさを実感していく――。
 

画像1: ©2016「永い言い訳」製作委員会

©2016「永い言い訳」製作委員会

映画では、幸夫は、本木雅弘さんが演じている。この主人公、今までの作品の中でもっとも西川さん自身に近いキャラクターなのだそうだ。

「私は小説家ではないですけれど、いずれ映画にすることを目標にしながら、机について物語を作っています。職業設定というのは、物語を作る上で非常に大事なんですね。私の場合は、映画という大きな元手を背負ったビジネスの中にいて、映画が完成したら、テレビ番組で露出させていただく機会もあって、そういうとき私のことを目にした方は、『映画って、きらびやかな世界なんだな』と思われるかもしれない。取材していただいた記事を読んだ方も、『ゼロからものを書いたり、大勢の人をまとめて映画を作ったりするのだから、それなりの人間なんじゃないか』と思われるかもしれない。

そういう錯覚を世間はするし、自分自身もしかけるんだけれど、実はまぁ、何てことない、というか……(笑)。逆に言うと、自分の書いたものや、自分の作るものが人間の生活に必要なのかという葛藤は常にあります。たとえば食べ物を作ったり、それを運んだり、幸夫の奥さんのように髪を切ったり。そういう “実業” とされるものと比べて、アートだとか文学だとか映画なんていうものは、得体が知れないし、下手したら、不快な気分で人を帰らせることすらある。

ものを作っている人間として、もてはやされることがある反面、自分自身の仕事に引け目を感じることがあるんです。幸夫と私の共通点は、“虚業に就いている人間” っていうその設定ですよね。その引け目や葛藤が、自分が持っている内心の危うさに近い。そこが、今回一番自分を投影した部分ですね。

実業と虚業――。映画の中で、幸夫の妻の夏子は髪を切ることを生業とし、陽一はトラック運転手としてものを運んでいた。夏子と一緒に亡くなったゆきは、2人の子供を育てていた。彼らは、明確に “誰か” の役に立っていた。

画像2: ©2016「永い言い訳」製作委員会

©2016「永い言い訳」製作委員会

もうひとつ、私が自分を投影させたのが、“子供がいないまま、中年期を迎えてしまったおとな” という設定です。

20代から30代の前半までは、好き勝手生きていて、自分の選択で結婚もしなかったし、子供もいないけれど、『これでいいんだ』と思っていた。その選択の結果が、間違っているかどうかはさておき、子供がいないままに中年にさしかかって、“産み育てて、未来を迎える” という世界の外側に放り出された感じがどんどんしてくるんですね。

さらに、子供達という存在と自分とを、どういう距離感で置いていいかわからない。自分の存在価値、存在意義みたいなものが、宙に浮いてくる感覚があって……。そうやって圧倒的に人生経験が少ないことを逆手にとって、子供のいない中年の目線から描ける物語を書いてみようと思ったんです」

 

待つ人もなく、
一人で執筆するのは本当に虚しい

“書く” ことで食べていけたら――。将来の仕事について、西川さんがそう考え始めたのは、中学生のときだ。文章を書くことも好きだったし、国語の時間に作文を褒められることが多かったので、「もしかしたら書くことを仕事にできるのかな」と漠然と思っていた。

「その頃、『Number』という雑誌が好きで読んでいるうちに、ルポライターという職業があることを知ったんです。もともと空想癖があるほうでもないし、小説家のようにゼロから物語を作るよりは、何かを観察して、取材をして、それを文体で読ませる、というほうが向いているかもしれないと思った。ただの一本の木でも、文体で、非常に魅力的に見えるようにすることができれば、それは面白いんじゃないかと」

 
大学進学を機に上京すると、周囲の文化度の高さに驚いた。いろんな本を読んで、いろんな映画を観て、いろんな音楽を聴いている人たちがいた。写真、音楽、本、映画。多様な文化のシャワーを一気に浴びた。刺激的だった。

「子供の頃はずっと欧米の映画が好きで、そのスケール感も含めて憧れがあったんですけど、上京して初めて、成瀬巳喜男監督や川島雄三監督などの作品に触れるようになった。そうしたら、『小さい社会の出来事を描きながら、世界に誇れるドラマを作ることもできるんだ』とわかって……。リアルタイムでも、北野武さんや阪本順治さんがインディペンデントとして括られる中で、自分の世界観を鮮明に描いた映画を作っていたので、これは、映画の世界に行っても、面白いことがもしかしたらできるのかもしれないと思った記憶がありますね」

 
就職に際しては、出版社と映画会社の両方を受験した。

「勉強ができなかったので、出版社は筆記試験で落ちることが多かったです(苦笑)。でも、早い時期に、是枝(裕和)監督とお会いすることができて、7月には、『よかったら、映画の準備をしているから』と声をかけていただいた。会社には落ちたんだけれど、『フリーでよければ』と。そこが、『書く』ではなく、『撮る』ことを本業にする、分岐点になったと思います」
 

画像: 待つ人もなく、 一人で執筆するのは本当に虚しい

是枝監督の『ワンダフルライフ』('99年)で助監督を務めたことが、映画監督としての西川さんのキャリアのスタートとなった。

とはいえ、“撮る” ことで食べていくのは、並大抵ではない。西川さんは、監督助手をしながら自分で脚本を書くようになった2000年ごろから、仕事場を、東京の自宅と広島の実家の居間、その2つに置いてきた。『永い言い訳』を書き始めたのも、広島の実家である。

20代の頃は、「お金がないんだから、しょうがない」という言い訳も、世間に通用しているような気がしていたが、いつしか40歳。〝不惑〞と呼ばれる歳を迎え、「自分を執筆に追い込むため」などといった、あらゆる言い訳がどんどん通用しなくなってきている感覚があった。

「本当に、〝いい年して〞と思いますよ(苦笑)。70歳を過ぎた母親に、食事の面倒みさせて、洗濯もしてもらい、自分は寝て起きて、書くだけみたいな、そんな生活をするわけですから。本当に、社会のクズだと思ってます。皆さんが、朝起きて出勤して、お勤めをしているのに、自分は昼まで寝て、母親に起こされて、夕方まで机について、1ページも進まない、みたいな(苦笑)。

小説家の場合は、編集者が追い立ててくれるんでしょうけど、一人で机についていると、生きていく言い訳が見つからなくなっていくんです。『あ、会社行かなきゃ』とか、『打ち合わせだから』とか、ちゃんとした社会とつながる理由があって行動できるって、素晴らしいことだなぁと思います。

ただ『これを書き上げたら、映画の企画として立ち上げられるし、そうしたらみんな集まって、一緒に映画づくりができるんだ』と思い込むことが、唯一自分を生かしてくれた。そうとしか言いようがないくらい、本当に虚しいですね(笑)」

 
映画も文学も音楽も写真も、西川さんがのめり込んだものは〝仕事〞とするにはあまりにも保証のない世界である。
「みんな、綱渡りのような生活をしているのは、どの世界も一緒なんだ」と西川さんは早い時期に悟り、22歳のとき、「もう、私は人並みの生活は送れないかもしれない。でも受け入れるしかないんだ」という覚悟をする。

「でも、若くしてそういうことを思うのは簡単ですよね。結婚もしなくていいし、子供もいなくていい。家なんか買えないだろうし、親の死に目にだって会えないかもしれない。『それでもいいや』って思えたのは、世界を知らないし、想像力がなかったからだと思います。まさに若気の至りです。それが悪いと言っているわけじゃなく、どこかそういう想像力の欠落した思い切りがないと、人間っていうのは物事に飛び込めないものだと思う」

※FRaU2016年11月号より一部抜粋

 

PROFILE

西川美和さん
1974年生まれ。広島県出身。早稲田大学第一文学部卒。大学在学中に是枝裕和監督の映画『ワンダフルライフ』にスタッフとして参加。フリーランスの助監督を経て、'02年『蛇イチゴ』で監督デビュー。長編2作目となる『ゆれる』('06年)がロングランヒット。'09年『ディア・ドクター』、'12年『夢売るふたり』とオリジナルストーリーでの話題作を提供。

 

INFORMATION

『永い言い訳』
人気作家の津村啓こと衣笠幸夫(本木雅弘)は、妻の夏子(深津絵里)が旅先で事故に遭い、親友とともに亡くなった知らせを受ける。妻が亡くなった夜、不倫相手と密会していた幸夫は、世間に対し、悲劇の主人公を装うことしかできなかった。そんなある日、妻の親友の遺族であるトラック運転手の陽一(竹原ピストル)とその子供達に出会った幸夫は、ふとした思いつきから、子供達の世話を買って出る。


●情報は、FRaU2016年11月号発売時点のものです。
photo:Ayumi Yamamoto Interview:Yoko Kikuchi

 
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