いい女になりたい。でも、なにをもっていい女とするかはけっこう難しい。見た目も大事なのだろうが、歳を取るにつれて「中身も大事だろ」と思うようになってきた。しかしわたしの中身ときたら、長年ほったらかしにされ、曇ったり、ヒビが入ったり……早急にメンテナンスが必要な状況である。

というわけで、この連載では、マンガ・映画・小説などに登場するいい女について考察していく、憧れすぎて自分の中に「飼いたい」と思ってしまうようないい女たちから、大いに学ぼうじゃないか。
 

今月のいい女

るきさんになりたい

 高野文子のマンガ『るきさん』が連載されていたのは、1988年から’92年にかけて。当時の日本は、バブル景気の真っ只中だった。

 それなのに、るきさんの生活からは、バブル臭が一切しない。1ヵ月の在宅仕事をたった1週間(!)で片付けたあとは、図書館に通ったり、友達の「えっちゃん」と部屋でだらだらしたり。たまの遠出もデパートのセールとかで、贅沢からはほど遠い。同じ頃、東京の芝浦では、ワンレン&ボディコンの女たちがテクノで踊り、ジュリ扇を振り回していたなんて信じられないくらい、るきさんの暮らしは地味だ。

 流行の服を着てイケてると思われたい、とか、すてきな彼氏をゲットしてみんなに見せびらかしたい、とかいった欲求を彼女は一切持たない。だいたい、「今うちカガミないの」とか言って、壊れた鏡台を買い替えもせず、テレビのブラウン管に自分の顔を映しているくらいなのだ。

 るきさんは、華やかな都会の女になることを嫌っているというより、そもそも華やかさ全般に興味がないのである。さらに言えば、ほかに夢中になれること(本気の恋愛とか、プロ級の趣味とか)もない。それってただ毎日を生きているだけでは……でも、何者でもない、地味な自分の人生を彼女は心から楽しんでいる。そこには負け惜しみもなんにもなくて、ただ自分の人生を慈しむ気持ちだけがある。その姿はまるで老練な女哲学者だ。

 都会の女であることを自覚しているえっちゃんが、ついるきさん家に寄ってしまうのも、わかるような気がする。都会にすり減らされ、自分の軸がグラグラしそうになっても、るきさんを見たら、ちょっと持ち直しそうだもの。

 わたしは『るきさん』を読んでからというもの、仕事してます自慢も、寝てない自慢もダサいと思うようになった。1週間で仕事を終えて、あとは好き勝手に暮らす方がかっこいいに決まっている……まあ、そのためには猛スピードで仕事を終わらせないといけなくて、わたしみたいな要領の悪い人間にできるはずないのだけれど。

 永遠に続くかと思われたるきさんとえっちゃんのご近所仲良しライフは、ある日突然終わりを告げる。るきさんは貯金に熱心な女で「あたしお金好きだから使わずにとっとくの」「えっちゃんお金きらいね/だからすぐ物に替えんのよね」とか言っていたから、それを使って東京を脱出したんだろうけど、ふつうはお金がいくらあっても、そんなことできないのではないか。いまの生活、いまの人間関係が変わってしまうことへの恐怖を克服しないと、その先へは進めない。でも、それができてしまうのが、るきさんという女なのだ。

いい女は孤独を持て余さないし、流行や友情に依存しない。わたしも心に小さなるきさんを飼って、いい女になりたい。

画像: 『るきさん』高野文子(筑摩書房)

『るきさん』高野文子(筑摩書房)


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PROFILE

トミヤマユキコさん
1979年秋田県生まれ。早稲田大学文学学術院助教。少女漫画を中心としたカルチャー関連の講義、研究を行う。また、ライターとして様々な媒体でコラムや評論も執筆している。無類のパンケーキ好き。「いい女になるため、人生初のトレンチコート購入を検討中」

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