老若男女問わず人気のウェブメディア「現代ビジネス」と、30代の働く女性を読者に持つ「フラウ」のコラボが実現。彼女たちが「今、気になっていること」をベースに、鈴木涼美が踏み込んで論じる。

現代ビジネスとは?
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鈴木涼美「炎上の時代の不倫哲学」

画像: Art Work:Iku Kawaguchi

Art Work:Iku Kawaguchi

 夫の留守中に橋の撮影をしていた男と4日間の情事の末別れ、せめて遺灰を同じ場所に撒いてほしいと願う、そんな不倫はよそ事のファンタジーであったとしても、私たちの周りには既婚者の男性というのが溢れていて、その内の誰かと何か特別な関係になることは、それほど驚くべきことではない。少し注意して見渡せば、むしろそんな関係は巷に溢れている。

 
 裾野は広いのだ。先日、24歳の知り合いの女の子から「合コンでバツイチのイケメン見つけた」と報告があった。相手は39歳、超有名広告代理店の営業で、昨年末に離婚したのだという。24歳の人材派遣会社OLちゃんは、合コンの翌週の金曜に蛸のペペロンチーニが有名なイタリアンに誘われ、帰りに案の定、彼の家に行くことになった。なんでも、お互いジャッキー・チェンが好きということで話が盛り上がり、DVDを見ようということになったという。

 彼の家は目黒区のとても広く品のいいマンションで、離婚したてのその家には、まだまだ元奥さんのスリッパやら洗面用品やらが残っていた。まだそれほど深入りしているわけでもなかった24歳ちゃんは特に詮索することなく、「さすがに歯ブラシくらい捨てればいいのに~。未練タラタラじゃないの?」と軽口を叩いてジャッキー・チェン主演の映画の終盤あたりでセックスをした。

 彼については特に文句なしの肩書だが、なんだかいい匂いがしそうだったので、私は彼の後輩の知り合いだという大学の友人から辿り、全貌を把握した。もちろん、39歳営業マンは離婚などしていない。一昨年、盛大な結婚式を挙げた相手の航空会社の女性が里帰り出産中に、久しぶりに参加した合コンで羽を伸ばした、というのが事実。あるある、という感じの話ではあるが、あるある、という感じすぎて実際に身の回りで起こると結構感慨深い。

 
 図らずも不倫デビューした24歳ちゃんに、何の罪の意識もないだろうが、そういったことは日常的に起こりうる。罪の意識がないどころか、自分こそ被害者だと思っているだろうし、それはそれである意味では正しいのだが、それでも彼女は知らぬ間に不倫容疑者になっていたわけで、立場が立場なら週刊誌にすっぱ抜かれてCMやレギュラー番組を降板させられたかもしれない。そこまでいかなくとも誰かに責め立てられたり、SNSアカウントを閉鎖せざるを得ない状況に陥ったりすることはあるかもしれない。

 不倫という言葉の範囲は広いが、少なくとも閑職に追いやられた直後に出会った書道教室の女性講師とものすごく開放的なセックスを重ねる、というようなファンタジーはむしろ稀少なケースで、実際の不倫がもっと身近で日常生活と地続きの場所にあるというのはおそらく間違いない。だからこそ、ファンタジーとしての不倫は広く受け入れられ、事実としての不倫はアレルギー反応のように拒絶される。現在の未婚女性にとってリアルな不倫というのはおそらく大きく二つに分けられる。一方が貧困故の不倫、もう一方が富裕故の不倫である。

 前者は、男の方が金持ちの道楽、女の方が生活のために結ばれるタイプの、いつの時代も絶え間なく続いてきた不倫の系譜である。お妾さん、二号さん、愛人などがそうだし、既婚男性に対して営業をかけ、時に肌を重ねるホステスや風俗嬢もそちらに属する。クラブホステスの枕営業や、ソープ嬢の接客が不倫にカウントされるか否かは状況によって微妙だが、現在こちらのクラスタの主流となっているのは「交際クラブ」や「パパ活」である。

 交際クラブは男性会員に対し、一定の金額をもらって女性を紹介するシステムの店だが、ただのマッチングではなく、ほぼ全ての女性が「お食事とホテルでのお付き合い」についてそれぞれ値段をつけていることが特徴的である。ホステスや風俗嬢ではなくあくまで素人女性と出会いたいという男性の需要と、ホステスや風俗の仕事をしないでお小遣い稼ぎをしたい、効率の良い副業が欲しいという女性の需要にアピールし、成功を収めている。

 実際のところ、女性の側の登録はいわゆる夜職の女性の副業となっている場合が多いが、それでも若くまだ収入が安定しない学生やOLの週末ワークとしても注目されており、平均的な「お食事とホテル」の金額は5万円、とそれほど高額なわけでもない。男性としては、若い女の子と「付き合って」、少しお小遣いをあげているという感覚で利用できる。

 しかし、女性の側からすると、あくまで金額を設定して男性からの誘いを待つため、「自分の意思とは関係なく起こる」、ということはまずあり得ない。これが貧困不倫の特徴である。男性側からすればある種の恋愛の一形態になりうるが、女性にとっては仕事の一形態という側面が大きく、全く意思がないのに巻き込まれたり、知らぬ間に抜け出せなくなっていたりすることがない。背徳感があったところで、それは大部分が売春的なものに対する感情であって、不貞行為に対するものではなく、故に罪悪感も、逆に被害者意識もほとんどない。

 対して、後者である富裕故の不倫は、極めて現代的な意味で進化を遂げている。徐々に女性の社会進出が盛んになっていった'70〜'80年代に不倫は、キャリア志向が強い前衛的な女性の気をつけるべき落とし穴というイメージが強かった。結婚を第一条件とせずに男性を選ぶ可能性があるのは、生活のための結婚をしなくとも生きていける可能性が高いキャリアウーマンだったからだ。

 そこから女性の具体的な意味での収入や社会的地位は鈍い速度ながらも大幅に上昇。生活のための結婚を急ぐわけでもなく、自分の収入で生きていける女性は飛躍的に増えた。逆に離婚率の上昇や会社員の安定収入神話が壊れたことなどによって、結婚に対する「生活を安定させるための条件」というイメージは年々薄れている。

 そういった状況で、仕事をする女性における不倫予備軍の割合は増加の途を辿る。それは「今は仕事が楽しいから、生活の邪魔にならない不倫くらいがちょうどいい」と考える比較的不倫意識が濃厚な層から、結婚してくれるかどうかを必要最低条件に入れずに恋愛をしていたらたまたま既婚男性とぶつかった、という層まで広がる。別に養ってくれなくてもいいから充実したセックスライフを送りたい、自分の仕事が忙しい平日は会わずに金曜の夜から土曜日だけ会える彼氏が欲しい、など願望は人それぞれである。

 自分の収入が安定していればいるほど、充実した仕事を持っているほど、結婚したいという邪念がなければないほど、男性を見る目は良い言い方をすれば純粋なものになり、相手が結婚に不向きであっても気にせず恋に落ちてしまうことがある。

 それは低収入であったり、社会的地位が安定しなかったりする男性を選ぶことがあると同時に、既婚者を選んでしまうこともある。意識的にではなく、無意識的に。そもそも結婚してくれるかどうかに重きを置いて男性を眼差す癖がなければ、相手の薬指などよく見ていないものだ。ここに、富裕不倫の特性がある。

 望んでいるかどうかはまた別問題とはいえ自覚的にしか起こり得ない貧困不倫に比べて、自分の意思とは無関係に起こるかもしれない富裕不倫は、自分の良識のコントロール下に置ききれない厄介さがある。冒頭の24歳人材派遣会社ちゃんも、全く意思のない不倫に足を突っ込む羽目になった。

 なぜ厄介かといえば、結婚の効力が悲観的な意味では緩くなっている現在にあっても、或いは不倫が必ずしも罪悪感や悪意、計算などの元に起こっているわけではない状況にあっても、その言葉の持つ破壊力が全く衰えていないからだ。むしろ、一度明るみに出てしまえば、タイミングや状況によっては自分にとってものすごく負うものの大きい危険な事件になる。

 さらに、誰もが情報を発信できる社会は、同時に誰でも誰かの発信情報の受信者になる社会でもあり、さらに誰でもが攻撃者になれる社会でもある。例えば既婚カップルのどちらかが、どちらかの交友関係をSNSで検索し、何か疑惑を持つことも簡単だし、そのうちの誰かとの不自然な関係を糾弾すべく直接アクセスすることも可能だ。

 誇り高き働く女性たちは、こういったリスクをどうヘッジできるだろうか。まずは自分にとってカジュアルに感じられるものが、必ずしも誰にとってもカジュアルではないことに自覚的であるべきだ。自分の感じている不倫の温度は、例えば相手のパートナー女性の感じる温度と往々にして全く違う。女性の価値観が多様化している昨今、当事者同士ではなくとも職場内や友達の中に温度差があり、信頼して話したつもりが恨みを買う、ということも十分あり得る。

 また、人の嫉妬心を刺激しないことも必ず自分を守ることにつながる。女性が相手を破滅させたいと願うほど恨んだり嫌悪したりする際に、必ずそこにはコンプレックスや妬みがあるからだ。自分より綺麗、自分より収入がある、自分より恵まれている、など。単純に男を取られる恨みよりも、ともすればそちらの方が大きく女性を動かす。逆に、自分がある程度の優越感を感じられれば女性の態度は軟化しやすい。

 結局、今の女性のSNS発信がいやに自虐的な色合いが強いのも、そういったリスクを半ば本能的に嗅ぎとってヘッジする力が働いているかもしれない。自立した女性にとって不倫は、自分の将来のためにならない、自分にとって不毛である、というデメリットよりも、何かのタイミングで炎上や攻撃の対象になるリスクとして節制した方が、よほど現実的なのである。
 

PROFILE

鈴木涼美 Suzumi Suzuki
1983年東京都生まれ。慶應義塾大学在学中20歳でAVデビュー。東京大学大学院修士課程修了後、日本経済新聞社に5年半勤務。著書に『AV女優の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか』『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』。現在、現代ビジネスでも連載中。

 
Cooperation:Megumi Yamazaki

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