老若男女問わず人気のウェブメディア「現代ビジネス」と、30代の働く女性を読者に持つ「フラウ」のコラボが実現。彼女たちが「今、気になっていること」をベースに、ジェーン・スーが踏み込んで論じる。

現代ビジネスとは?
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第一線で活躍するビジネスパーソン、マネジメント層に向けて、プロフェッショナルの分析に基き記事を届けるWEBメディア。政治、経済からライフスタイルまで、ネットの特性を最大限にいかした新しい時代のジャーナリズムを感じさせる媒体。

 

ジェーン・スー
「お金にまつわるエトセトラ、私の場合。」

画像: Art Work:Chihiro Honda

Art Work:Chihiro Honda

 お金で買えないものって、なんでしょう。愛情? 信頼? 時間? そのどれもが正解であり、同時に必ず反論が出ます。「お金で買えないものなんか、ない」と。

 そりゃ健康とか家族とか、一般的に言われていることには半ば同意します。しかし健康を維持し、病気を早期発見するのにお金は有用だし、家族の仲だってお金の心配がない時の方がうまくいくでしょう。地獄の沙汰も金次第とは言うけれど、お金に振り回される人生は御免。だから、お金で買えないものをバシッと見極めたい。なのに、なかなか納得できる説にめぐり会えずにいました。

 
 さて、ネットで見たのか本で読んだのか忘れましたが、ある日突然、私は「お金で買えないものなんてあるのかよ論争」に終止符を打つ一文に出会いました。曰く、「お金で買えないものは、売り手が売ることを承諾しないもの」。なるほど。

 確かにお金でなにかを買う時には、必ずそこに売り手がいました。信用を得るための見せ金の場合でも、信用という無形の価値を売る相手の存在があります。いわゆるプライスレスとは、貴重なものや体験だけを指すのではなく、売り手が値を付けないもののことも指す。「買う」という行動は「売る」という商行為が大前提なのです。

 私が見た文章には、「嵐のなか今にも沈みそうな船に大金持ちと一緒に乗っていたとして、あなたのライフジャケットを十億で譲ってくれと大金持ちに言われても、あなたは首を縦に振らないでしょう」とありました。なるほど。死んでしまったら、十億あっても意味がないものね。

 私にひどい借金とそれに苦しめられる家族がいて、これですべてがチャラになるのならば首を縦に振るかもしれません。その場合、私は「自らの命を金で売ることにした」となります。よって、売り手が承諾しなければ取引は成立しないという説が破たんすることはありません。

 お金で買えないものは、相手が売ることを承諾しないもの。

 人によって「お金で買えないもの」の答えがまちまちになる理由がわかりました。お金で買えるか否かは、売り手次第なのです。

 
 さて、安心はお金で買えるでしょうか? ある程度までは、お金が担保してくれると思います。しかし問題は「ある程度」が「どの程度」か、時と場合によって変化していく点。

 以前、こんな話を聞いたことがあります。稼げる人になろうとがむしゃらに働いて、一億稼げるようになった人の話です。

 年間一億円も稼いだら、身も心も平和になるに違いない。私はそう思っていました。しかし、彼は言ったのです。

 「一億稼げるようになると、隣に、三億稼ぐ人が座るようになるんだ。三億の生活と、三億の安心を目の当たりにする。そうすると、一億くらいじゃどうにもならないと思うようになる。また働く」
なんと恐ろしい。稼げば稼いだで不安が募るだなんて。のちに三億稼げるようになった彼は、隣に五億稼ぐ人が座るのを見て安心を金で買おうとするのをやめたそうです。キリがない、と。

 スケールが大き過ぎ。そんなおとぎ話よりも、いまの年収が五十万アップしたらどれだけ生活が楽になるか? そういう話をしているのだ! と、イライラする人もいると思います。しかし、規模は違えど似たり寄ったりな話ではないでしょうか。年収が五十万増えたら、それより百万多い人の話が耳に入るようになる。焦る。いつの間にか、生活のためのお金よりも「稼げる自分」に価値があるという考えに固執する。稼げる額を生きる指標にすると、いつまで経っても自分にOKが出せないままになってしまう。稼げることは素晴らしいことだけれど、稼げない自分に価値がないと私は思いたくありません。

 
 使うより貯めろ、という人もいます。

 二十年ほど前、新卒で入社した会社での生活を思い返すと、仕事が忙し過ぎてお金を使う暇がほとんどありませんでした。キツくても楽しかったので苦ではありませんでしたが、時給換算したら相当せつないことになっていたろうと思います。使う時間がないという理由だけで、お金はぼんやり貯まっていきました。

 二十代後半でした最初の転職でも、仕事は相変わらず夜討ち朝駆けでした。ストレスもかなり溜まるようになり、私は長期休暇が取れると大枚を叩いて海外へ旅行するようになりました(とは言えエコノミークラスですが)。非日常的な経験をお金で買うことを覚えたのが、三十代前半でした。計画的な貯金とは無縁でした。

 今まで縁もゆかりもなかったブランドのバッグを日本正規店で買うという行為もやってみました。普段の恰好はカジュアルそのものでしたので、大きなロゴの入ったバッグを持ったらアンバランスで可愛いかな、と。たしか二十五万円ほどしたと思います。ローンを組まずに一括で買いました。

 海外旅行先のショップや免税店ではなく、日本正規店で結構な額の商品を一括払いで買うとなにが起こるか。後日、お店から何度か電話が掛かってきました。新商品入荷のお知らせです。電話はとても丁寧で、まるで私が特別な人なのではと錯覚しそうになるほどでした。

 過去にもブランド物のキーケースや財布などを日本正規店で買ったことはありましたが、この手の電話が掛かってきたことはありません。なるほど、あの金額にはこういう扱いが含まれているのか。
大きなお金を使ったことで、いままでそこにあったことにさえ気付かなかった扉が開きました。お金は知らない世界への通行手形としても非常に有効です。

 しかし私は「こういう扱いは、私の人生にはあまり必要ないな」と思いました。なので、誘いに乗って新商品を見に行くことはしませんでした。

 いまでもこのバッグを使うことがあるので、元は取れたと言えます。それよりも、不必要なものをお金を使って知れた経験が、私には大きな意味を持ちました。やってみなければ、今でもブランドショップの前を通りながら「あのバッグ、持ったらどんな風に人生が変わるんだろう」なんて、さほど欲しくもないバッグを見ながら思ったかもしれません。貯めていたら学べなかったことです。

 三十代序盤での二度目の転職では、未経験の異業種転職だったこともあり収入がグンと下がりました。以前の職場ほど激務でもなく、仕事帰りにどこかへ遊びに行く余裕もできました。疲れて寝こけることもなくなり、土日の外出も増えました。すると、途端に支出が増えました。お金は、それを使う時間と密接に関係していることを知りました。人間らしい生活にはお金が必要なのです。

 時間があればあっただけ、お金は出ていく。しかし、時間に余裕のある仕事はそこまで稼げない。ジレンマを感じましたが、この時期の私がいままでで一番、お金を楽しく使えていたと断言できます。自分を楽しませるために、お金を有効に活用していました。

 ふたつ目の職場を退職したあと、三十代後半の私はドン詰まっていました。稼ぎも極端に悪く、ひどい時は普段使いの口座残高が三万円とか四万円だったこともあります。さすがに焦り暗い気持ちになりました。稼がなきゃと思い、信頼できる人からの仕事の誘いは、できる自信がなくても受けました。それが、執筆やラジオの仕事につながったのですから不思議なものです。

 
 結果論ですが、三十代の十年間、私はひとり社会実験をしていたのだと思います。つまり、なににお金を使うと私は幸せな気持ちになるのか? みんなが持っていても、私には必要ないものはなにか? 口座残高がいくら以下になると、漠とした不安に囚われネガティブになるのか? を見極める作業です。

 「もっとお金があったらな」は、必要なもの、買いたいものが具体的にあるのに、手持ちのお金が足りない時に感じる気持ち、のはず。欲しいものもないのにそう感じてしまうことがあった時、私は「もっとお金があったら、いまより幸せになれるはず」と、不安をお金で解消しようとしていたのだと思います。不安自体が漠然としているので、いくら必要か、なんのために必要かなんていくら考えてもわかりません。いみじくも、一億円プレイヤーと同じ心境です。

 漠とした不安をお金で解消しようとすると、極端な貯蓄か生活全体のレベルアップが手っ取り早いと感じます。三十代、稼げる額が一気に増えることはありませんから、どちらも難しいでしょう。

 衣食住や趣味にお金を掛けてみた三十代前半、セレクトショップでのショッピング、八千円前後のディナー、狭いながらも港区のひとり暮らし、毎週通うネイルサロン、マッサージ、などを経験しました。無駄と思われる贅沢も、とりあえず試してみました。三十代後半、物理的にそれらができなくなり、気持ちが沈む場合とそうでない場合があることがわかりました。

 結果、普段の洋服はファストファッションで問題なし。グルメには興味なし。港区は戦闘態勢になる必要がある時に有効な場所であること。ネイルはイベントがある時にしていればOKだが、定期的なマッサージは必須。たまの旅行にはお金を掛けた方が楽しめる。そういったことがわかりました。私にとって金で解決できることはなにか、心地よい身の丈はどれほどか、三十代の十年で判別したと言えます。

 四十代になったいま、今度は老後という新しい不安が立ち昇ってきました。こればかりは計画的に貯蓄をしないとどうにもなりません。株や不動産投資で資産運用をしている猛者も友人にはおりますが、私はまだそれに手を出せていません。いつかはやるかもしれないけれど、いまは情報の精査をする時間がないのです。

 そうそう、三十代の皆さんにお伝えしたいことが最後にひとつ。「四十代になったら気持ちが楽になる」と世の中では言われており、それは正しくもあるのですが、それ以上に「四十代は三十代より忙しい」ことを記しておきます。これはどの先輩も教えてくれなかったこと。

 四十代は忙しい。だから三十代を思いっきり楽しみ、いろんなことにトライして、心地よい身の丈を見つけることをオススメします。
 

PROFILE

ジェーン・スー Jane Su
1973年東京都生まれ。コラムニスト、作家、ラジオパーソナリティー。2015年に『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』で第31回講談社エッセイ賞受賞。その他、著書多数。近著『今夜もカネで解決だ』(朝日新聞出版)が話題沸騰中。

 
Cooperation:Megumi Yamazaki

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