最近スーパーなどでもよく目にするようになった「産地直送」という言葉。
『フード左翼とフード右翼 食で分断される日本人』の著者、速水健朗が流通の観点から、産直ビジネスに切り込む。

産地直送は
「信頼」や「安全」を保証し、
生産者との触れ合いを可能にする

画像: Photo:AFLO

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 ケースA。オーガニックな食材を扱うレストランでは、食材の産地や農場の名前が黒板などに事細かに手書きで示されている。皿に料理をきれいに飾り付けることと同様、いやむしろそれ以上にこだわる要素なのかもしれない。

 独自の食材調達は、レストランにとっての命だし、それは美味しさへのこだわりであると同時に食の安全に対する「品質保証」の意味が強い。現代における「ブランド」とは、表層的な記号やお飾りなのではなく、「信頼」や「安全」そのものを保証するためのものになっている。

画像: 安全な食を求め、生産者とつながるアメリカの親子。

安全な食を求め、生産者とつながるアメリカの親子。

 ケースB。週末の午前中などの都心部では、毎週ファーマーズマーケットが開催されるようになっている。普段、スーパーマーケットの野菜売り場では見かけることのない珍しい、そして見た目のいい野菜を見つけるなら、ファーマーズマーケットに出かけてみるべきだろう。行ってみればわかるが、直接売り手とコミュニケーションをとることができるショッピングは思いのほか楽しい。また、生産者の声を直接聞くことができるというのは、スーパーでも商店街の八百屋でもできない体験である。

 こだわりをもって野菜をつくっている人たちというと、気むずかしかったり説教臭かったりするんじゃないかというイメージもあるけど、野菜をつくるのが好きという理由で携わっている人たちが多い。
 

食の流通の変化を生んだ
「中抜き」という構造

画像: 食の流通の変化を生んだ 「中抜き」という構造

さて、このA、Bの2つは、どちらもここ10年以内によく見かけるようになった新たな生活の一部である。これは大都市部に限定しての話だが、まずオーガニックなレストランが増えた。それは、本当にこの10年くらいのことである。週末のファーマーズマーケットも、明らかに利用者も参加者も増え続けている。そして、この2つに共通するものがある。これらは、食の流通における「中抜き」の現在形を示すものなのだ。

 従来、食の流通は、米、米以外の農産物、青果、水産物、加工食品などでは、生産者と消費者の間に、卸売り、仲卸、小売りといった業者が仲介してきた。さらには、農業の世界では、生産、流通において独占的に強い立場を維持してきた農協(JAグループ)、漁協などが個々の農家の自立を妨げてきた面もあった。

 だがこれらを中抜きする新しい食の流通が生まれつつある。「産地直送」という言葉から連想されるのは、採れたての新鮮な食品が家に届くというイメージかもしれない。だが、少しその枠を広げて考えるなら「中抜き」でリーチすることができる食材との出会いを「産地直送」と名付けることができるだろう。そして、「産地直送」に出会える機会は、いま急速に増えつつある。

画像1: 日本の食材も流通システムの変化に伴い、より生産者の顔が見えるものに。

日本の食材も流通システムの変化に伴い、より生産者の顔が見えるものに。

 ケースAではレストラン側が望む野菜を「契約農家」が生産し、中間流通を「中抜き」して直接生産物が届けられる関係だ。いまはチェーン系レストランでも契約農家をつくって自前での調達を行うケースも当たり前になりつつある。かつての農業は、つくった農作物を市場に卸す「プロダクト・アウト」型だったが、こうした「契約農家」のやり方は「マーケット・イン」型であり、新しい「儲かる農業」の在り方が示されている。

 一方、後者のケースBは、その日の朝に収穫された収穫物を生産者自らがクルマで運んできて、自ら販売するような「産地直送」どころか、「生産者による直送」の場だ。こうした取り組みに積極的に参加する農家は、小規模の農家が多い。多品目を季節に合わせて栽培しながら、収穫物をこまめに自ら販売して回る。大きな利益を得られるわけではないが、やりがいのある自然な農業に挑んでいる。

 やり方は違えど、どちらのケースも補助金や農協頼みではない新しい農業に取り組んでいる。

「中抜き」の流通革命は、新しい農業を目論む人々と、安全・安心・美味しさを求める消費者の関係を直接結ぶ試みでもある。

 現在の政治主体の農政改革は、減反補助の廃止や農協の改革といった形で進んでいるが、農業の現場はすでに変化しているのだ。

 
「産地直送」型のサービスは、もちろんこれだけではない。

「ふるさと納税」も、「産地直送」型の新しい販売手法として人気を博し、すでに定着しつつある。インターネット通販の世界では、オーガニックな野菜を扱うオイシックス、らでぃっしゅぼーやなどに代表される直販サービスが、主に2011年の震災後に急成長した。

最近では、無印良品が「わけあって、安い」野菜に目を付け、産地直送販売のサービスを開始して注目を集めている。また、イオンはグループの直営農場で有機生産した野菜の出荷を始める。これは大手小売りが自ら手がける「産地直送」という新しい試みになりそうだ。また、大手以外でも、具体例を挙げるならNPO法人の「農家のこせがれネットワーク」が手がけるネット上の直販サイトに、多くの農家が参加しているような生産者主体のプラットフォームも誕生している。
 

「産地直送」は
既存の流通システムに対する
オルタナティブ

画像2: 日本の食材も流通システムの変化に伴い、より生産者の顔が見えるものに。

日本の食材も流通システムの変化に伴い、より生産者の顔が見えるものに。

さらに言えば、農協だって「産地直送」を推進する立場にいる。農協が産地直送の通販を始めているし、道の駅などを利用した直販のための場の開拓に取り組んでいるのは主には農協なのだ。

「産直」とは、単なる新鮮な食品を手にいれることのできるサービスであるだけではない。むしろ、既存の流通システムに対抗するオルタナティブなのだ。

 
 20年くらい前に、こんな経験をしたことがある。

 房総半島の外側、目の前に漁港が広がる大型観光旅館に大勢で宿泊したときのこと。旅館の夕飯のお膳には、立派な魚のお造りが載っていた。旅館の仲居さんに「そこの漁港で獲れた魚ですか?」と聞いてみたところ、「東京の魚市場で仕入れたものですよ。目の前の漁港のものなんて、とても高くて手に入りません」と、こちらの世間知らずをあざ笑うように言われてしまった。

 話のポイントは、仲居の客に対する接客の態度の部分ではない。目と鼻の先にある漁港で獲れた魚よりも遥かに安く、手軽に立派な魚が手に入るという部分だ。

 漁業は天候に左右される。大型旅館が目の前の漁港から食材の魚を調達しようとすれば、時化の日には宿泊客に出す料理が出せないという事態を覚悟しなくてはならない。いくつもの漁港、地元の小規模の市場を集約する大規模センター流通システムは、このリスクを回避し、安定した価格で食品を流通させるために生まれたものだ。だからこそ、目の前の漁港で獲れる魚よりも、東京の市場で買った魚が安いということが起こるのである。

 問題は、目の前の漁港の地魚を食べる手段が、選択肢としてない部分だ。本来、その地の良さを堪能してもらうための観光旅館が、地のものを提供するのは当たり前のこと。だが、その選択肢はかつてはなかったのだ。高度な流通システムは、一方では融通の利かないものでもあったのである。
 

食の安全を脅かす事件が
消費者の意識を変えていった

画像: 話題の豊洲市場。2017年「安全と安心とは何か?」を語るうえで無視できない。

話題の豊洲市場。2017年「安全と安心とは何か?」を語るうえで無視できない。

 こうした硬直化した食の流通に変化が訪れたのは、最近のことにすぎない。2000年頃に食の安全を脅かす数々の事件が相次いだ。消費者の側の意識はここで大きく変化する。効率や機能重視で構築されてきた流通システムにメスが入り、品質管理やトレーサビリティ(生産履歴の追跡システム)を重視する流通の在り方へと制度の変更が施されていった。

 いまどきの旅館では、現地の食材は容易に手に入るようになっている。つまり、もう目の前の漁港の魚が手に入らない時代ではないのだ。むしろ、そのご当地の地の食材を出せないような観光旅館は、魅力がなく競合に太刀打ちできないだろう。

 食の流通システムは、単に「直販」的なスタイルに方向転換したわけではない。大規模センター流通システムも残しながら、そこに、「産地直送」も選ぶことができるような「補完的」なもの、フレキシブルなものになった。

 この変化を踏まえ最後に触れておきたいのが、現在、メディアで紛糾する豊洲への市場移転問題だ。移転の対象は、中央卸売市場である。つまり、大規模センター流通システムの核に当たる施設だ。

 食の流通全体を見た場合、日本国内で流通する農産物、水産物の過半数は、卸売り市場というシステムに乗って世に送り出されている。そして、もちろん安定した価格で食品が届けられるというこの仕組みの重要性は、今も昔も変わらない。

 だが、ここまでも触れてきたような広義の「産地直送」のシステム、つまり「中抜き」が進んだ新しい食の流通も、新しく生まれてきた流れとして完全に定着しつつある。この方向性は、おそらく不可逆のものだ。いまの市場移転議論に欠けているのは、変化の途上にある生産者、消費者の意識の変化というパラメータだろう。

 食の流通の未来を考えるなら、巨大な中央卸売市場の建設にそこまで強くこだわる必要はない。分散型の流通システムだって可能なはず。産地直送型と大規模センター流通システム型のベストミックスを考えたうえで、適正な中央卸売市場のサイズを考えることはできないだろうか。
 

PROFILE

速水健太郎 Kenrou Hayamizu
石川県金沢市出身。 パソコン雑誌の編集を経て、2001年よりフリーランスでITビジネス系などの雑誌を中心に取材・執筆。現在の主な分野は、メディア論、20世紀消費社会研究、都市論、ポピュラー音楽など。『東京β:更新され続ける都市の物語』(筑摩書房)、『フード左翼とフード右翼 食で分断される日本人』(朝日新聞出版)など著書多数。

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