戦う女は生きづらいけど
無駄な戦いは存在しない

「犯罪は絶対ダメだけれど、その人それぞれの人生を自由に生きたらいい」そんな大らかで優しい目線を持つ彼女だが、まわりからはアタリがキツイと思われることが多いとか。

画像: ピアス¥20000/ブランドニュース(マメ)、ドレス¥280000、サンダル¥129000/イザ(ヌメロ ヴェントゥーノ)

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「大らかなんて言われたことないなあ。自分の意見を言う女の人って、それだけでキツいなって未だに思われる傾向がありますよね。そのせいかも」

彼女がウェブマガジン『日経DUAL』で連載していた、働く母の日々の喜びから嘆きまでを徒然なるままに記す「川上未映子のびんづめ日記」。先日、気さくに話をする間柄の男性編集者から、仕事の場であるにもかかわらず、容姿のことを指摘されて辟易したというエピソードを綴った記事「女というだけで加齢すらできない」が、女性たちの魂の叫びとして瞬く間にネット上に響き渡り、男性陣を戦々恐々とさせたことも記憶に新しい。

「平然とそういうことを言っても気にしない男性たち、普通にいますよ。ジェンダーに対しての理解が増えているように思えても、実際外に出てみると愕然とすることが多いです」

 
働きながら生きる女性は、その理想と現実のギャップと、どう折り合いをつけていけばいいのだろうかと問うと、「一人で変えようと思っても無理だし続かない」と川上さんは答える。

「上野千鶴子さんがあと100人くらいは必要ですよ!(笑)それに、何代かにわたって伝えていかないといけないことでもありますよね。私は文章を書くのが仕事だから、言うべきことを言える環境なんです。でも、戦う女は生きづらいじゃないですか。組織の中にいる人全員に戦えなんてことは言えないし、それは実際問題として難しい。でも、それでも変えないことには何も変わらない。だから、自分に関しては書くことで、ジェンダーにしろ倫理にしろ、なんとなくまかりとおっている常識をつねに問うことが小説家としての責任のひとつだと感じています。それをやらないということは、仕事をしていないことと同義だから。そこに無駄な戦いは存在しないと思っています」
 

仕事への焦燥感と
母としての責任感

子育てをしながら、休むことなく執筆活動は行っているものの、時間泥棒はあっという間に自分のプライベートを奪っていく。川上さんは思う、「子どもを持つことは何かを諦めること。と同時に、今まで知らなかったものすごい体験と出会うこと」だと。わかっていても、焦りは尽きることがない。

「やりたい仕事の1/6くらいしかできていないという実感はあります。周りからは仕事しすぎと言われるけど、全然足りてない。『子育ては2人目からよ』と言ってくださる方も多いですが、2人目はないですね。夫婦だけで育児と仕事を両立させるのは無理、ということは産んでみてよくわかったので」

 
目下の子育てルールは一つだけ定めている。それは、家庭内での性別的役割分担を一切認めないということ。

「私が料理を作るのは母や女だからじゃなくて、私のほうが料理が得意であべちゃんがやるより早いから。夫が重い荷物を持つのも父や男だからじゃなくて、夫のほうが力持ちで私は腰が悪いから。そのときに力があって余裕があるほうが弱い人を助ける、と教えています。それが息子の教育にとっては一番だと思っているので。どんな小さな会話のなかでも、男も女も関係ないよと一つ一つ訂正します。母親に家事を一任する家で育った子どもは、その価値観で大きくなるから、必ず繰り返しになる。私には次世代に一人の男性をリリースする責任があるので、そこはきちんと徹底したいです。ジェンダーに関しての意識も変えていくべきだから」
 

人間の孤独を大前提に、
小説を書くということ

デビュー小説『わたくし率 イン 歯ー、または世界』では、「自分がただの言葉になったような感覚を追求していた」彼女が、女性という身体を意識した『乳と卵』を執筆。そして、出産ぎりぎりまで書いていたという小説が『愛の夢とか』(注1)。決して特別ではない、いろいろなレイヤーの孤独な人たちが主人公となる物語だ。

注1『愛の夢とか』
出産前に執筆した初の短編集の文庫化。隣から聞こえてくるピアノの音に惹かれた主婦の「わたし」と隣人主婦との奇妙な交流を描いた表題作をはじめ、何気ないありふれた日常の延長線上から、孤独な者同士が一瞬だけすれ違ったり、惹かれあう夢現つの時間や景色を紡ぎだす短編7篇を収録。第49回谷崎潤一郎賞を受賞。¥550/講談社文庫

 
「私は孤独じゃない、心の底から幸せだと思っている人でも、やっぱり孤独はあるんです。誰も自分の代わりには死んでくれないし、自分の身体を生きてくれる人はいないから。小説を書くときに、その孤独は大前提にありますね。だからこそ私たちは、人と気持ちが通じ合うことがあると、涙が出るほど嬉しくなったり、子どもを作ってみたりするんだと思います」

 7年前、『六つの星星―川上未映子対話集』(注2)収録の精神科医・斎藤環さんとの対談で「十年くらい真剣にやって、型を覚えて取り組むことができれば、そうしたら文章を書く必要がなくなったりもするんじゃないかな」と言っていた川上さんは、10年後の自分をどう見ているのだろう。
 

注2『六つの星星―川上未映子対話集』
第一線で活躍する六人と、精神分析、生物学、文学、哲学をめぐって、好奇心のままに語りつくす対話集。飛び交う対話から、著者のユーモラスな人柄や思考の原点、軌跡までが浮かび上がってくる。対談ゲストは、精神科医・斎藤環、生物学者・福岡伸一、作家・松浦理英子、歌人・穂村弘、作家・多和田葉子、哲学者・永井均。¥533/文春文庫

 
「当時はね、社会よりも自分と表現の世界だけにいたから、そういうふうに思っていたのかな。でもあのとき斎藤さんは『未映子が戦うのはジェンダーだよ』と予見されていましたね。男性は社会のOS、女性は未だアプリでしかない――そんな構造を知れば、そこを避けることはできませんよね。女に生まれてこなければこんな目に遭わなかったのに、と思うことは無数にあるけど、私は男に生まれたかったと思ったことは一度もありません。搾取される側の者にしか見えないものは確実にあって、それを言葉にすることが必要なんです。そしてそれは、性別を超えた、人間としての問題です。

でも小説は技術だから、アスリートみたいに毎日鍛錬しないといけない。だから10年後はさらに仕事をしていて、技術もちゃんと追いついている、という場所にいたいですね。それが、私の100年足らずの人生の中で与えられた仕事かな」

 
 自分自身も、書くことも、興味の対象も、人との関係も、変わっていくことへの抵抗はない。むしろ、そうじゃないとおかしいと彼女は信じている。

「私たちには、人生は一度きりというすごいルールがあって、二回目があれば、人間の認識は変わるはず。でも一度しかない。こんなふうに傷つけたり傷つけられたり、泣いたり笑ったり、出会ったり失ったりということがいつか終わってしまう、でも今を生きる私は今しかないというのがやっぱり不思議です。小説というのは人間が人間に向けて書くものなんです。でも詩は言葉の神様みたいなものに向かって書く、祈りみたいなものだと思っていて。最終的には、ぱっと誰かを想像したときに浮かぶ、ひとひらのイマージュのようなものが残せたらと思っています」
 

気持ちが通じ合うと
涙が出るほど嬉しくなったり
子どもを作ってみたりするんだと思う。

画像: 気持ちが通じ合うと 涙が出るほど嬉しくなったり 子どもを作ってみたりするんだと思う。

 そんな川上さんに今一番の楽しい瞬間は? とたずねると、それは仕事ではなくお子さんが与えてくれる時間なのだそう。

「人生で楽しいと思えることはあんまりなかったんだけれど、子どもに会えたことはわたしにとって最高の出来事でした。子どもが生まれて私の内面が広がりました、とかも絶対に言いたくないし、めっちゃしんどいけれど、もし産もうかどうか悩んでいる人がいたら、産む選択にかけてみる価値はあると思います。本当に、唯一無二の関係の人間に出会う幸せと衝撃があります。でも、それは実際に産んでみないとわからない。私がそう思えたのはたまたまのことで、親子がどんな関係になるかは、やっぱり人それぞれです。でも、そのリスクと大変さを承知の上でもう一度選択できるとしても……タラレバ話に意味はないけど、やっぱり産みます。これって何の力なんだろうな。不思議ですね。」

 今は母親や子育て問題に対して最もリアリティを感じる、という彼女が向かう次なるステージは、戦う女たちの道を照らす光になるに違いない。
 

▼前編はコチラ!

 

PROFILE

川上未映子 mieko kawakami
1979年、大阪府生まれ。2007年、初めての中編小説『わたくし率 イン 歯ー、または世界』が第137回芥川賞候補となる。同年、早稲田大学坪内逍遙大賞奨励賞を受賞。’08年、『乳と卵』が第138回芥川賞を受賞。 09年、長編小説『ヘヴン』を発表し、芸術選奨文部科学大臣新人賞、紫式部文学賞を受賞。12年に男児を出産した。最新刊は『おめかしの引力』(朝日新聞出版)。

●情報は、FRaU 2016年5月号発売時点のものです。
Photo:Kazuo Ishikura(ISHI’S Office) Styling:NIMU(MAKIURA OFFICE) Hair&Make-up:Mieko Yoshioka Illustration:MIZUKI Interview&Text:Tomoko Ogawa Edit:Ryuji Ogura

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