真新しいだけが価値ではないよと、移り気な時代にそっと句読点を打つ、そんな食卓のおいしくて愛おしかったこと。
 

「ハロー食欲、ぼくらの食堂。」

炒め物の音、洗い物の音、オーダーが通る声、客の雑談。にぎやかで、だけど騒がしいのとは違う、食堂の音が好きだ(録音しといて寂しいとき訊き返したりしてる)。
 

画像: 「ハロー食欲、ぼくらの食堂。」

韓国の食堂に特徴的なのは、ステンレス箸が食器に触れる音。カツカツカツカツ……。鶏の丸茹でが名物の食堂・チョガチプは特にこの音が印象に残ってる。鶏を待ちわびながら、客それぞれがヤンニョム・辛子・お酢を混ぜてタレを作るからだ。この無心のカツカツ(=まるで鶏乞いの儀)を経てついに降臨する茹で鶏は本能に突き刺さる美味しさ。

途端に箸なんか使ってる場合じゃなくなり手づかみでむしゃむしゃやれば、旅行者も近所の家族も黒塗りBMWで乗り付けたIT社長風の男もみんながみんな、かりそめブラザー。
 

ほとんど家の店。店の縁側で看板犬のトルトリ君とごはんを待っていると、親戚の家にお邪魔している気分になって「あんたも手伝いなさいよ~」なんて言われかねない空気だった。

年齢も性別も人種も超えた食の原風景で私たちはただ鶏を喰らっていた。食べれば食べるほどお腹が空くのが不思議だった。
 

チョガチプ
AREA:薬水
中区東湖路11ガキル22
☎02-2235-4589 
営業時間:12:00~21:00
定休日:日
 
べクスク20000W
マックッス6000W(水、ビビンの種類)

 

人と食が無闇に交差する市場の音もいい。鍾路3街の楽園市場は腹を空かせたおんじのたまり場で、ずらりと並ぶ屋台で各々が麺を啜りごはんをかきこみ、たまに咳き込んでいる。表情こそ真顔でも頰はみるみる赤くなって、満たされてるのが隠せてない。仲良しおんじ二人組はこれから公園で将棋するんだーと言って爪楊枝をくわえて去っていった。人生謳歌祝食欲。
 

納豆チゲの匂いで満たされた小さな小さな店内はお腹が空いて仕方ない。化学調味料を使わないでうまい料理を作るのが誇りなんじゃとご店主さんがおっしゃってました。

彼らと入れ違いで入ったイルミ食堂は、店の入り口に巨大炊飯器が何台もあり時間差で米を炊いているとのこと。できるだけ炊きたてを食べて欲しいゆえの計らいに、まじめかよ……! とご店主の美味求心力に感服した。お米は確かにしゃっきりとした粒立ちで、納豆味噌(チョングッチャン)チゲをざばっとかけておじやにすれば、素晴らしく絵にならないがそんなことはどうでもいいほどおいしい真実の昼ごはんだった。
 

イルミ食堂(シクダン)
AREA:鍾路3街
鍾路区三一大路428楽園商店街B1F148号
☎02-766-6588 
営業時間:11:00~21:00
定休日:日・旧正月・旧盆
 
オジンオボクム(イカの炒め)18000W(2人前の量)
チョンクッチャン(納豆チゲ)7000W

 
 
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PROFILE

平野紗季子 Sakiko Hirano
フードエッセイスト。1991年生まれ。小学生から食日記をつけ続ける生粋のごはん狂。

 
●情報は、FRaU2017年7月号発売時点のものです。
文・平野紗季子 Photo:Koichi Tanoue  Coordination:Jung Ja-Kyung

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