真新しいだけが価値ではないよと、移り気な時代にそっと句読点を打つ、そんな食卓のおいしくて愛おしかったこと。
 

「以北料理の淡い味。」

「母さんはなんでもひとりでやっちゃうんです」。呆れたように息子が言った。冷麺がご自慢の食堂・下端の厨房を仕切るのは母のユンフジャさん。寺島しのぶを思わせる男前セクシーな短髪美人さんだ。「やりたいのよ全部」と苦笑いしながら淡々と食事を用意してくれる彼女の厨房は、年季が入っているのにとてもきれい。さっとできあがった料理も見た目からして清潔端麗。
 

この店信頼しかないぜ……と箸を握る手にも力が入る。小麦を使わず緑豆で仕上げた香り高いチヂミは表面ガリッと中はふんわり。油に溺れた屋台チヂミとは全く異なる繊細さ。麺から手作りの冷麺も牛スジのスープとトンチミ(大根漬物のつけ汁)の澄みわたる旨みに、連日体に蓄積した黄砂が浄化されるよう。
 

画像: ピカピカの寸胴で、ブルーグレーの冷麺がお湯の中で茹であがる姿がとても気持ちよさそうだった。気持ちよさそうなお料理は味も大抵おいしい。

ピカピカの寸胴で、ブルーグレーの冷麺がお湯の中で茹であがる姿がとても気持ちよさそうだった。気持ちよさそうなお料理は味も大抵おいしい。

韓国って赤くて辛くてニンニクばちばちパンチ命みたいな料理ばかりと思っていたから、こんな透明な味わいもあるのかと喉が輝いた。「以北料理だからよ、薄味で刺激が少ないのが特徴なの」そう言って教えてくれたのは朝鮮半島の歴史のこと。もともと彼女のお母さんは北朝鮮の出身で、南北戦争をきっかけに韓国に避難したのが店の始まりだったという。
 

下端(ハダン)
AREA:城北洞
城北区城北路6キル14
☎02-764-5744 
営業時間:12:00~15:00(LO14:00)、17:00~20:00(LO19:00)
定休日: 旧正月・旧盆
 
マンドゥクク8000W
ノクドゥチヂム(緑豆チヂミ)7000W&14000W
メミルネンカルクッス(そば粉の冷手打ちうどん)8000W

 

画像1: 「以北料理の淡い味。」

実はこうして韓国に移り住んだ一家がはじめた食堂は少なくない。龍山のボンサンチプもそのひとつ。
 

画像2: 「以北料理の淡い味。」

薄切り牛(チャドルバギ)をさっと炙ってネギとポン酢で食べるのが、爽やか&ありがたい焼き肉屋さんだ。今でこそ大人気だけれど、開業当時は本当に大変だったのだとお店のおじいさんおばあさんはつぶやいた。
 

画像3: 「以北料理の淡い味。」

みかんを食べながら談笑する彼らがどれほどの苦労を越えてきたのかと思うと、途端にたまらなくなる。生まれた場所を離れ、お金も家も頼れる人もなく、それでもなんとか生きていくために開いた食堂と、忘れられずに握りしめた故郷の味。1日1日を懸命に生きて新しい根を生やし今日があること。
 

画像: 焼肉を平らげたら締めの味噌チゲタイム。網を外して炭火に直置きするワイルドスタイルに非常に興奮するあまり、一口めからさっそく舌を火傷しました。無念。

焼肉を平らげたら締めの味噌チゲタイム。網を外して炭火に直置きするワイルドスタイルに非常に興奮するあまり、一口めからさっそく舌を火傷しました。無念。

なにげない食卓のすべてに物語はある。以北料理の食卓は、決して華美ではない。だけれども、胸に迫るたおやかな逞しさがあった。
 

ボンサンチプ
AREA:龍山
龍山区漢江大路62ナキル24
☎02-793-5022 
営業時間:11:00~22:00
定休日:旧正月・旧盆
 
チャドルバギ20000W
チャドルマックジャンチゲ(味噌チゲ)8000W(2人前)

 
 
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PROFILE

平野紗季子 Sakiko Hirano
フードエッセイスト。1991年生まれ。小学生から食日記をつけ続ける生粋のごはん狂。


●情報は、FRaU2017年7月号発売時点のものです。
文・平野紗季子 Photo: Koichi Tanoue / Coordination: Jung Ja-Kyung

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