今もっとも「ディスティネーショントリップ」の名にふさわしい和のオーベルジュ。ここでしか味わえない余呉の自然、発酵食文化を堪能しに訪れたい。

 

発酵食文化を伝える
和のオーベルジュ

画像: 発酵食文化を伝える 和のオーベルジュ

「『徳山鮓』にはもう行った?」という言葉が、おいしいもの好きの間で合い言葉のようにささやかれるようになって、どれくらいになるだろうか。フーディーたちの熱狂っぷりは、流行りのレストランを話題にするかのよう。

しかし『徳山鮓』があるのは、東京から新幹線と在来線を乗り継いで約3時間30分の場所にある滋賀県長浜市余呉町。琵琶湖の北に余呉湖という湖があるのだが、その湖畔に立つ、宿泊施設を併設した小さな料理店だ。決して東京からアクセスがいいとはいえない。訪れてみると界隈は驚くほど静か。誤解を恐れずいえば「何もない」ように思える場所である。
 

画像: 1年ものの鮒鮓。身にはたっぷりと卵が詰まっている。発酵による熟れた旨みが濃厚で、驚くほど長い余韻が口の中に広がる。飯(発酵したご飯)と山椒を合わせたソースを添えて。

1年ものの鮒鮓。身にはたっぷりと卵が詰まっている。発酵による熟れた旨みが濃厚で、驚くほど長い余韻が口の中に広がる。飯(発酵したご飯)と山椒を合わせたソースを添えて。

屋号の「鮓」は、寿司の原型ともいわれる「なれずし」を指す。魚を塩と米で乳酸発酵させたもので、滋賀の鮒鮓もそのひとつ。余呉は鮒鮓発祥の地ともいわれている。徳山浩明さんは、この鮒鮓をスペシャリテに掲げ、2004年に『徳山鮓』を開いた。きっかけは、発酵学の第一人者・小泉武夫さんとの出会い。余呉に伝わる鮒鮓の文化の継承し、発酵食の魅力を広く再発信する役割を、その腕に託されたのだ。

鮒鮓は春に獲れたニゴロブナを塩漬けにし、炊いた米と一緒に漬け込む。魚の保存を目的とした伝統料理だけに製法はシンプルだが、塩加減や水分量、漬け込む時間や温度、湿度などの環境によって仕上がりが微妙に変わる。

「声なき微生物の声に耳を傾けるんです。10年以上、努力と経験を積み重ねてきたつもりですが、まだまだ違う表情が現れる。それが難しく、だからこそ面白い」と、徳山さんはいう。約1年かけてじっくり発酵させた鮒鮓は、独特の芳香があり、丸みのある塩気と強い旨みが極上のウォッシュチーズを彷彿させる。なんとも酒が欲しくなる味だ。
 

画像: 甘味の発酵アイス。

甘味の発酵アイス。

今、「発酵」は食のこれからを語るキーワードになりつつある。2013年、和食がユネスコの無形文化遺産に登録され、世界中から注目を集めているが、醬油や味噌、かつお節など、和食に欠かせない調味料や食材は、いずれも発酵食品だ。

『徳山鮓』のゲストには、以前から料理人や、日本酒、ワインの醸造家、チーズの生産者など食のスペシャリストたちが多いが、近年、世界の舞台で活躍する海外のトップシェフたちも、はるばる余呉を目指してやって来る。『徳山鮓』開業から13年、一見「何もない」ように見える余呉の地は、国外にまで名を馳せる美食のディスティネーションになっている。

 

朝夕の食事で味わう
余呉の自然の恵み

ジャンルの枠を超え伝統と現代が
出会い土地の風土を描き出す

鮒鮓はスペシャリテではあるけれど、余呉まで足を運ぶ人々のお目当ては、その一皿にとどまらない。夏のある夜の食卓は、こんな具合だ。鮒の子まぶしに、サバを使ったなれずし。ぷりっとした余呉湖の天然鰻を使用した飯蒸し、蒲焼き。
 

画像: 熊とイノシシ、鹿肉のテリーヌやイノシシの生ハムなどジビエ加工品の盛り合わせ。

熊とイノシシ、鹿肉のテリーヌやイノシシの生ハムなどジビエ加工品の盛り合わせ。

前菜のプレートにはジビエの時期に獲った熊やイノシシでつくるサラミやハムといった加工品がずらりと並ぶ。希少な食材、ここでしか食べられない料理のオンパレード! 食材は薬味に至るまでほとんどすべてが店の界隈で手に入るもの。鮎魚醬などの調味料まで自家製だ。
 

画像: 野菜やハーブを育てるビニールハウスを案内してくれた徳山さん。自家菜園だけでなく、近隣の農家に野菜の栽培を委託するなど、地域を巻き込んだ取り組みにも積極的だ。

野菜やハーブを育てるビニールハウスを案内してくれた徳山さん。自家菜園だけでなく、近隣の農家に野菜の栽培を委託するなど、地域を巻き込んだ取り組みにも積極的だ。

「7月になると丹生川の鮎漁が解禁になります。同じ頃、山にキノコが出始める。種類を変えて秋まで実にさまざまなキノコが採れます。8月になると杉の木の根元にミョウガが生え始める。芯を取って煮浸しにすると旨いんですよ」

料理のこととなると、徳山さんの話は止まらない。表情は、少年のようだ。
 

画像: 余呉湖で獲れた天然鰻の蒲焼き。身にぷりっとした弾力があり、肉厚だが、脂は重くなく、あっさりと食べられる。ピリッと鮮烈な香りを放つ実山椒を添えて。付け合わせのカブやニンジンは鰻の骨で取ったダシでコンフィにしたもの。

余呉湖で獲れた天然鰻の蒲焼き。身にぷりっとした弾力があり、肉厚だが、脂は重くなく、あっさりと食べられる。ピリッと鮮烈な香りを放つ実山椒を添えて。付け合わせのカブやニンジンは鰻の骨で取ったダシでコンフィにしたもの。

鮒鮓を究めようと試行錯誤するうちに、余呉の自然、気候風土に深い興味を抱くようになった徳山さん。伝統的ななれずし文化の継承だけにとどまらず、余呉の恵みを生かした新しい料理の創造にも心を砕いてきた。京都での修業経験があり、料亭などで一級とされる食材にも通じているが、自分は「足元の食材」で勝負すると決めている。しかもその多くを自らの手で調達してしまうのだ。

だから徳山さんの一日は、山に分け入って山菜やキノコを採り、鮎や鰻を釣るところから始まる。食材の大きさや質感だけでなく、どんな場所で、どんな状態で“生きていた”かを見極め、そこから調理法や合わせる食材を導き出すのだ。だから『徳山鮓』の料理には命が宿る。
 

画像: 日本酒は地元長浜市で酒米の栽培も手掛け、伝統製法で米の味のする酒を醸す酒蔵『冨田酒造』の「七本鎗」を揃える。土地の米と水でつくられた酒は『徳山鮓』の料理と相乗効果をもたらす。

日本酒は地元長浜市で酒米の栽培も手掛け、伝統製法で米の味のする酒を醸す酒蔵『冨田酒造』の「七本鎗」を揃える。土地の米と水でつくられた酒は『徳山鮓』の料理と相乗効果をもたらす。

湖や川がもたらす清らかな滋味に始まり、山が育む力強い味へと導かれるコースは、余呉の自然丸ごとの味。そこに飯のソースなど発酵のニュアンスが加わり、滋賀の地酒・七本鎗をはじめとする酒との幸せなマリアージュを促すのだ。
 

画像: 余呉湖のすっぽんの出汁でつくる雑炊。

余呉湖のすっぽんの出汁でつくる雑炊。

品数もボリュームも十分か、それ以上。でも心ゆくまで堪能して大丈夫だ。翌日の朝食は「たっぷり飲んだ翌朝でもするりと胃に収まる」やさしい献立が用意されている。食材は地の旬のものが中心、漬物や薬味まで自家製という軸は、夕食と同じだ。

 

四季折々の風景と
一期一会の味を求めて

画像: 窓が大きく取られたダイニングからは刻一刻と表情を変える余呉湖を一望できる。

窓が大きく取られたダイニングからは刻一刻と表情を変える余呉湖を一望できる。

SNSが発達し、日本各地の料理人が自由に情報発信できるようになった近年、地方ガストロノミーは活況の時代を迎えているように思える。とはいえ、多くの有名店が「一度は行ってみたい」場所で終わってしまっているのも事実だ。そんな中、『徳山鮓』は驚くほどリピート率が高い。一度訪れたゲストは、ほぼ必ずといっていいほど、余呉に“帰って来る”。

理由のひとつは、余呉と『徳山鮓』に四季折々の魅力があるからだ。この時期、木々の緑をいきいきと映し出す余呉湖は、冬になると灰色になり、白い雪化粧をした山の中に水墨画のように浮かび上がる。夕暮れどきに食前酒で喉を潤しながら、あるいは朝の目覚めとともにデッキテラスへ出て、美しい湖畔の景色を堪能するのも忘れてはならない贅沢だ。山菜、鮎、キノコ、ジビエと食材も土地の自然の賜物。食いしん坊ならば、季節を変えて再訪したい欲求に駆られる。
 

画像: 施設脇の小さな畑でぶどうも栽培している。

施設脇の小さな畑でぶどうも栽培している。

もうひとつは、『徳山鮓』が常に進化しているから。徳山さんは、昨年から敷地の一角の畑で、自ら野菜づくりを始めた。ナスタチウムやハーブなども使う直前に摘めば香りの鮮烈さは格別。野菜も好きなタイミングで収穫でき、花やわき芽も料理を彩る素材に加わった。鮒鮓もこれまで以上のクオリティを追求しようと、貯蔵庫を改築。まだまだ、さらにおいしくなる可能性を秘めている。料理だけではない。客室も3年ほど前から少しずつリニューアルしている。
 

画像: 琵琶鱒の卵を中心に、鮒鮓サンドの天ぷら、すっぽんの煮凝りなどが並ぶ前菜盛り合わせ。

琵琶鱒の卵を中心に、鮒鮓サンドの天ぷら、すっぽんの煮凝りなどが並ぶ前菜盛り合わせ。

『徳山鮓』の進化は、施設のパワーアップ以外にも要因がある。長年、徳山さんと妻の純子さんが中心になってすべてを切り盛りしてきたが、昨年、京都で料理の修業をしていた娘の舞さんが、ご主人で料理人の那由太さんとともに帰って来た。数年後には、現在パリのレストランで修業中の次男・敬介さんも余呉に戻り、家族と一緒に仕事をする予定だという。なんともわくわくする話ではないか。まだまだ果てしない可能性を秘めた『徳山鮓』の料理。鮒鮓を中心とした発酵食の伝統と、旬の地産食材だけで表現するという大枠はそのまま、独自の発展を遂げ、また新しい余呉の風景を、皿の上で楽しませてくれそうだ。

年々、予約が取りにくくなる状況は悩ましいが、求めよ、さらば与えられん。世界が羨望する、唯一無二の美味が待っているのだから。

※料理はすべて夜のコースより。料金は1泊2食付き25000円。食事のみの利用も可(要予約)。

 

モダンな廊下でつながる離れなど
更に魅力を増す宿泊施設

画像1: モダンな廊下でつながる離れなど 更に魅力を増す宿泊施設

リニューアルした宿泊棟の渡り廊下は、自然の建材を多用しながらモダンな雰囲気に。客室は全5室(利用人数により振り分けるので、部屋タイプのリクエストは不可)。
 

画像2: モダンな廊下でつながる離れなど 更に魅力を増す宿泊施設

チェックインは15時30分、チェックアウトは10時。意匠は全室異なる。
 

画像: 余呉湖が目の前に広がる展望露天風呂。

余呉湖が目の前に広がる展望露天風呂。

  

宿の和朝食のイメージを覆す
余呉の朝ごはん

画像: 宿の和朝食のイメージを覆す 余呉の朝ごはん

サラダや野菜ジュース、牛乳などの旅の宿のお約束メニューを廃し、朝も地元味だけで勝負する。琵琶湖の鮎の一夜干しに鹿そぼろの煮こごり、氷魚の釜揚げ、茶碗蒸し、自家製の梅干し、実山椒の佃煮など、焼きたてのごはんの味を引き立てる逸品がずらりと並ぶ。お腹いっぱい食べた翌朝でも、するりと胃に収まる味。短い滞在の贅沢な締めくくりとして記憶に刻まれる。

 

常連に聞く、徳山鮓「冬の美味」

野趣溢れる熊肉のうまみ

画像: 野趣溢れる熊肉のうまみ

徳山鮓の冬といえば「熊肉」。初めて訪れた時は夏だったので鰻を堪能しましたが、その時に熊肉の話を聞き冬に再訪した程。噂通り、今まで食べたことのない旨味に驚嘆! 特に脂身の美味しさは別格です。天然のジビエを堪能したい方はぜひ。(本誌AD Y.U)

 
余呉湖の絶品ワカサギ

画像: 余呉湖の絶品ワカサギ

冬に徳山鮓へ行く第一目的が熊でも、うまくタイミングが合いワカサギがあるとさらに嬉しくなります。程よい大きさのワカサギは口に入れるとフワッと瞬く間に消えていく。これを目当てに再訪する価値があります。(it LIFE by FRaU FOODIES NEGIRAN13)
 

徳山鮓
滋賀県長浜市余呉町川並1408
☎0749-86-4045
アクセス:東京から東海道・山陽新幹線ひかり号で米原駅へ(約2時間11分)。米原駅から北陸本線長浜・敦賀方面行きに乗り換え、余呉駅で下車(約30分)。余呉駅前からはタクシーで約5分。送迎もあり(予約時に要相談)。

 
●情報は、FRaU2017年9月号発売時点のものです。
Photo:Yoshiki Okamoto Composition:Kei Sasaki


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