さすが映画監督というべきか。西川さんの言葉には、感情の “揺れ” はあっても、時代とか流行とか世論に “流された” 結果の発言はない。誰かの思想を借りてくることもない。言葉の端々から、根っからの、インディペンデントな姿勢が滲み出る。

FRaU 2016年11月号掲載インタビュー、第二弾公開。

 
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オリジナルで書くことに
こだわっているわけではない

画像1: オリジナルで書くことに こだわっているわけではない

「学生時代は、どちらかというとモテない服を着ていました」と話す西川さん。『永い言い訳』には、子供が重要な役で登場する。子役のオーディションで西川さんは、年端もいかない少女の持つ、“臆面もないお姫様性” を目の当たりにし、感心したり、戸惑ったりした。

「女の子って、3歳児ぐらいから、臆面もなく女なんですね。雌度がすごい(笑)。可愛い、可愛いって周りに言われ慣れているのか、媚の売り方を知っていますよね。子供のほうがむしろむき出し。それで褒められるから。

そう考えると、私の場合は、母親があんまり女の子女の子した服装が好きじゃなかったっていうのがあると思います。パンツとスカートだったら、パンツを穿かせたがる、みたいな。私は子供心に、“フリルのついたスカートでにっこり” みたいなことが、親受けが悪いって思ったんじゃないですか。子供たちの最大の関心ごとは、自分の親にいかに愛してもらえるかだと思うので。親の好みとか思考は、多分に子供の性格に影響するんじゃないでしょうか」

 
さて、そんな風に自身の性格に多大なる影響を与えた母親のいる実家を、『永い言い訳』の執筆中、ついに西川さんは離れることになった。師匠である是枝監督が、仕事場を拡張するにあたり、「一緒に来ないか」と誘ってくれたのだ。事務所の名は、福を分けると書いて「分福」。小説の書き手としても次作を期待される西川さんだが、最近は自分が映画監督であることを、積極的に言うようにしているらしい。

「私自身、オリジナルで書くということに、ことさらこだわっているわけではないんです。たまたまオリジナルでデビューをしたので、その公開が終わった瞬間に、当時のプロデューサーから『次、どうすんだ?』と言われて、『うわ、また考えなきゃいけない』という流れで考えて、『ゆれる』を撮ったら、『オリジナルにこだわってるんですか?』と聞かれるようになった。

ただ、もともと映画監督志望ではなかったこともあって、自分の演出力に、圧倒的に自信がないんです(苦笑)。でも自分で物語を書いていれば、自分がその物語を一番理解しているはずですよね。物語の理解度、そこに一番私にとっての軸があれば、なんとか乗り切れるだろうという思いで、物語を書いてきているだけ。だから、原作とのシナリオのかみ合いが良ければ、別に原作ものでもいいんです。シナリオは自分で書くと思いますけれど。

ただ、物語をオリジナルで書くという行為って、私が想像していたよりはるかに世間が尊敬してくれることなんです。俳優たちもリスペクトをもって、私の映画に自分たちも力を貸したい、と言ってくださるので」

 
ただ、物語を書くこと自体は、歳を重ねるごとに難しくなっているそうだ。

「物語を生み出すまでは一人。孤独なんです。でも、内容に周りが共感してくれたら、作品として立ち上がるので、一人じゃなくなる。たった一人で考えついた小さい話なのに、みんなが我が事と思って、責任をもって持ち場に集まって、一緒に船を漕いでくれるので、その瞬間瞬間は、『うまくいかない!』って思うことの連続だけれど、長い目で見たら、楽しい思い出しかないです。現場は本当に賑やかだから。

一人で執筆していると、人と一緒に悩めるなんて、すごく贅沢なことだなとわかる。でも賑やかなことが当たり前だと思ってしまうと、孤独な作業がすごく面倒くさくて(苦笑)。現場の楽しさを味わって、それにしがみつこうとしても、いいものは生まれない。一度またひとりになって、嫌っていうほど苦しまないと、私はたぶんダメなんでしょうね」

 
幸福を感じられるのは、圧倒的に映画の現場である。でも、軸足を映画監督である自分に置く理由は、そのためではない。

「誤解を恐れずに言えば、本業は映画監督だと思い切ることによって、小説を書くことがすごく気楽になるんです。小説家であると宣言して、自分の書いた物語に責任を背負ってしまったら、私は書けなくなるかもしれない。

私は、映画のために生きているし、私の仕事の軸は映画にある。そう言い切ってしまうことで、文章の自由さとか、書くことの楽しさというものを実感できて、嫌にならずに執筆を続けていけるので、今はそのようにしています」
 

画像2: オリジナルで書くことに こだわっているわけではない

経済的なことを考えれば、本当は、コンスタントに1年に一本撮っていくのが理想。でも、西川さんはテレビドラマの世界に進出することもなく、2002年のデビューから、14年の間に発表した作品は、『永い言い訳』を含めて長編が5本に短編が2本。2年に一本のペースにも満たない。

「1年に一本撮ったとしたら、品質保証ができないんです、私の筆力だと。私の最低品質保証ができるのが、たぶん、これくらいのペースなんでしょう。でも、借金もせず、せいぜい自分の貯金を食いつぶす程度ではやっていけているので、特別生活レベルを上げようとしなければ、このままでいいのかな、と。

ただ、いつ倒れるかわからない仕事ですから、不安はあります。アイデア出なくなったらおしまいですし、体が利かなくなったら現場にも立てません。そう考えると、老後が怖くてたまらないです(苦笑)。将来のことを考えると、夜も眠れないほど恐ろしいので、今は、貯金をしまくっています」

 
是枝監督の事務所に所属したと言っても、生活の保証は何もなく、給料と同額の事務所費を入れているような状況。でも、西川さんは自身の強みを、“誰にも寄っかからないこと” だと認識している。思想がインディペンデントなのは先述したが、生活もまたインディペンデントなのだ。

「誰かのために仕事してしまうと、いろんな部分で甘さが出てしまうと思うので、誰も抱えず、誰にも迷惑をかけないのが私らしいのかな、と。でも、たった一人で誰にも迷惑をかけずに生きることってそんなによくないんじゃないか、って気づきかけているのがこの作品なんですよね」

 
西川さんはそう言って、この作品の主人公に託した、“内心の危うさ” について、再度思いを馳せた。

「誰にも寄っかからず、迷惑もかけず、自己完結したつもりのまま中年にさしかかって、人に迷惑をかけないで生きることが、本当にいいことなのか、わからなくなったんです。人って、社会的な義務とか責任とか、そういう負荷をかけられることで、人と繫がっていけるものですよね。人と繫がることで、お互いに気づきとか変化があると思う。

子育てなんか、その最たるものだと思うんです。誰にも頼らず、かといって守るものも持たずに、自己完結している生活って、すごくスッキリしていて、いいと思うけれど、実は、淀みのないところに物語もないし、人との深い関係性も生まれない。そんなふうに思ったんです。だから、この小説を書きながら、自分の人生も考えなおさなければならないなと思いました、本当に」
 

画像3: オリジナルで書くことに こだわっているわけではない

22歳のとき、西川さんは、想像力の欠如と若気の至りから、“結婚して子供を産む” という行為を、先送りすることに決めた。当時は、“いつかできればいい” ではなく、“一生できなくてもいいや” ぐらいに思っていた。映画の道に進もうと決めて、現場が過酷であることはよくわかっていたし、何かを諦めなければ、夢は手に入れられないと思っていた。

「ものや人と関わることを “愛” と呼ぶのであれば、映画の現場は、半分は仕事だけれど、残りの半分は、映画に対する深い愛情がなければやっていけない。それほど過酷なんです。現場で働く人たちは、みんな厳しい生活を強いられている。“映画が好き” という純粋な気持ちの足元を見られて、保証のない暮らしに慣らされ、家庭を持ってない女性がほとんど。嫌な言い方をすれば、“映画の奴隷” ですよ(苦笑)。

もちろん、現場では、達成感とかやりがいとか、そういう目先の幸福は感じていると思います。でもそれに丸め込まれるままの純粋さも含めて、悲哀に満ちている。もちろん、自分で好きで入った世界ですけれど、結局、奴隷になってくれる人しか働けないような過酷な状況をキープしてしまって、結婚生活、子育てみたいなことと両立が難しい。どんな職場も、第一線で働くとなればそうなのかもしれないですけど、私たちの世代が何もシステムを変えられなかったことは、すごく後悔しています」

 
などと言いつつ、映画の世界に関わることが、幸福かそうでないかと聞かれたら、西川さんは、「総じて言えば、大変幸福だと思います」と答える。

「本業としての仕事は、とてもとても楽しいです。自分の仕事を楽しいと言えることは、本当に幸福なことだと思います。周りの人たちも、本当に、いい人たちと巡り合っている。家庭とかゆとりとかお金とか(笑)、手にしていないものもたくさんあるし、端から見れば相当欠落している人生だと思いますが、お相撲で言うところの、8勝7敗でいければ私は十分(笑)。現時点でもうちょっと勝ってるんじゃないか、と思えるくらいです」

 
>続きは、10/25(水)公開予定。
 お楽しみに!

 

PROFILE

西川美和さん
1974年生まれ。広島県出身。早稲田大学第一文学部卒。大学在学中に是枝裕和監督の映画『ワンダフルライフ』にスタッフとして参加。フリーランスの助監督を経て、'02年『蛇イチゴ』で監督デビュー。長編2作目となる『ゆれる』('06年)がロングランヒット。'09年『ディア・ドクター』、'12年『夢売るふたり』とオリジナルストーリーでの話題作を提供。

 

INFORMATION

『永い言い訳』
人気作家の津村啓こと衣笠幸夫(本木雅弘)は、妻の夏子(深津絵里)が旅先で事故に遭い、親友とともに亡くなった知らせを受ける。妻が亡くなった夜、不倫相手と密会していた幸夫は、世間に対し、悲劇の主人公を装うことしかできなかった。そんなある日、妻の親友の遺族であるトラック運転手の陽一(竹原ピストル)とその子供達に出会った幸夫は、ふとした思いつきから、子供達の世話を買って出る。


●情報は、FRaU2016年11月号発売時点のものです。
photo:Ayumi Yamamoto Interview:Yoko Kikuchi

 
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