いい女になりたい。でも、なにをもっていい女とするかはけっこう難しい。見た目も大事なのだろうが、歳を取るにつれて「中身も大事だろ」と思うようになってきた。しかしわたしの中身ときたら、長年ほったらかしにされ、曇ったり、ヒビが入ったり……早急にメンテナンスが必要な状況である。

というわけで、この連載では、マンガ・映画・小説などに登場するいい女について考察していく、憧れすぎて自分の中に「飼いたい」と思ってしまうようないい女たちから、大いに学ぼうじゃないか。

 

今月のいい女:
有名人のインスタに写り込む女

いい女として生きていく上で、自意識のコントロールはたいへん重要である。「わたしなんかどうせ(泣)」と卑屈になってばかりではダメだし、「みんなわたしを見て! そして褒めて!」という態度も、承認欲求モンスターじみていて、ちょっと怖い。 世界レベルの美人とか天才のように、 ただ生きてるだけで承認欲求が満たされるひと以外は、トライエラーを繰り返し、ちょうどよい自意識のバランスを探りながら生きていくしかない。

……というようなことって、頭ではわかっていても、なかなかうまくいかないものだ。顔にせよ、頭にせよ、上には上がいるとわかっていながら、どうも謙虚になりきれないというか、自意識が鎌首をもたげてくるときがある。別に今から超絶美人になろうなんて思ってない。ほんのちょっとでいいから、調子に乗りたい、リア充っぽいことしたい、ぐらいの気持ち。

一日中パジャマで原稿書きをしているのがいけないのだと 思うが、発作的に「ホテルのナイトプールでシャンパン飲みてえ……港区女子みたいな暮らしをしてえ……」という欲望が噴出する(リア充=ナイトプール港区女子だと思ってる時点で発想力が貧困だが許してほしい)。

しかし、問題は、自撮りをどうするかである。現代社会において、リア充であることは、にどんな写真を載せるかで決まるようなところがある。いまどきの大学生に聞くと、写真を撮ることや、それを盛る(アプリで加工する)ことは、一種の “身だしなみ” のようなものらしいのだが、昭和時代に生まれた女としては「この角度から見た自分、イケてるでしょ」というプレゼン自体に抵抗感がある。要はカッコつけるのが下手なのだ。変顔はできても、盛るとなると、ためらいと羞恥心が。うう、なんかめんどくさいこと言ってすみません。

しかしながら、つい最近わたしは、そういうめんどくささをまるっと解決する素晴らしい方法があることに 気づいた。「有名人のインスタ(ストーリー)にそれとなく登場する」……このポジションのおいしさ、どう考えても昭和の女向きである。

まず、メインで写っているのは有名人であり、自分は完全に脇役なので、見た目とかはそこまで気にしなくていい。むしろ、脇役に徹することで、わたしは自意識過剰なんかじゃございませんよ、と言い訳ができる。それでいて、有名人と触れ合えるわたし、を控えめだが確実に自慢できる。パーフェクトだ。

いろんな登場の仕方があると思うが、とくに羨ましいのが、有名人のヘアメイクとスタイリストさん。あの人たちの自然な写り込み方を見るたび、嫉妬してしまう。中心にいないのに圧倒的な存在感。わたしもあんな風になりたい。でも、パジャマで原稿を書いているうちは無理かもしれない。

 

PROFILE

トミヤマユキコさん
1979年生まれ。早稲田大学文化構想学部助教。少女漫画を中心としたカルチャー関連の講義、研究を行う。また、様々な媒体でコラムや評論も執筆中。「少し背伸びしてオシャレ水着を買った20歳の夏以降、区民プール用しか買ってません。さすがにマズい気がします」

 
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●情報は、FRaU2017年10月号発売時点のものです。

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