本は読みたいけど、自分で選ぶのは難しい……。そういうときこそ、人に聞いちゃいましょう。

今回は、歌人・小説家の加藤千恵さんが、これまでの人生で出会った本と、その魅力を紹介してくれます。

 

本を読む人……

ふたりめ:加藤千恵さん

画像: ふたりめ:加藤千恵さん

PROFILE
1983年北海道生まれ。歌人・小説家。立教大学文学部日本文学科卒業。2001年に短歌集『ハッピーアイスクリーム』でデビュー。セックスレスの夫婦を妻の視点から描いた長篇『アンバランス』(文藝春秋)、最新作の青春小説『ラジオラジオラジオ!』(河出書房新社)発売中。

 

恋愛と向き合うための
小説五冊

初対面の人に、小説家であることを話すと、どういう小説を書いているのかと訊ねられる。「主に恋愛小説です」そう答えると、時々、じゃあ恋愛に詳しいんですね、と返される。

正直に打ち明けると、まるで詳しくない。恋愛ってなんだろう、と、中学生のときに思っていたことを、三十代の今になっても考えているくらいなのだから。考えれば考えるほど、わからなくなる。

自分もだが、他人の言動を見ていても不思議になることが多い。普段は冷静な人が激しく動揺したり、はしゃいだりする様子を見ていると、恋愛の影響の強さに、驚きもするし怖くもなる。

前置きが長くなってしまったが、わたしにとって恋愛とは、ずっと慣れない、未知のものだ。何回人を好きになろうと関係ない。少しでもその未知の正体が知りたくて、恋愛小説を読んでいる部分もあるのだと思う。

 

誰もが感じたことのある
色あせない恋愛の短編集

画像: 『孤独な夜のココア』 恋愛小説の名手・田辺聖子による作品。12の短篇がおさめられている。誰にでもある忘れられない恋や、ほろ苦い恋が、柔らかく細やかな言葉でつづられている。

『孤独な夜のココア』
恋愛小説の名手・田辺聖子による作品。12の短篇がおさめられている。誰にでもある忘れられない恋や、ほろ苦い恋が、柔らかく細やかな言葉でつづられている。

まず紹介したいのは、田辺聖子『孤独な夜のココア』(新潮文庫)。もともとの刊行は昭和五十三年。初めてその事実を知ったとき、自分が生まれるよりも前に書かれた作品だというのに、色あせた部分がまるでないということに驚いた。たとえば同じ内容を、昨日女友だちから飲みの席で聞かされたとしても、なんら違和感がないのだ。

本書に収録された、いずれも女性が主人公となっている短篇は、必ずしも幸せな恋の話ではない。どちらかというと、つらい別れを連想させるものが多い。けれど軽快な会話が多く登場するせいなのか、あるいは女性たちが優しさと強さを持ち合わせているせいなのか、読後感はタイトルそのもののように温かい。

 

主人公・泉の17歳から32歳までを
切り取った物語

画像: 『あしたはうんと遠くへいこう』 田舎の温泉町で生まれ育った少女、泉。東京の大学に進学し、幸せになることを夢見ながら、時に人を好きになる。各章のタイトルが洋楽曲のタイトルになっているのも秀逸。

『あしたはうんと遠くへいこう』
田舎の温泉町で生まれ育った少女、泉。東京の大学に進学し、幸せになることを夢見ながら、時に人を好きになる。各章のタイトルが洋楽曲のタイトルになっているのも秀逸。

角田光代『あしたはうんと遠くへいこう』(角川文庫)もまた、優しく背中を押してくれる部分のある小説だ。主人公である泉の十七歳から三十二歳までを切り取った物語には、恋愛が多く登場する。ほとんどうまくいかない。片思いで終わったり、浮気されてしまったり、泉が浮気したり。

自分とまったく同じ思い出というのは、もちろん一つもないけど、過ぎ去った恋を思い出して、恥ずかしくなったり、懐かしくなったりさせられる。忘れていたはずの痛みが、昨日のもののようによみがえる。

泉が前を向いて歩き出すことを願っているうちに、自分に対しても、そういう気持ちが湧きあがってくる。少しでも遠くへいこう、と思えるのだ。

 

読後感は、生まれた感情を
ただ味わっていたくなる

画像: 『愛のようだ』 著者の長嶋有にとって初の書き下ろしでもある恋愛小説。舞台はおもに車中。音楽や漫画など、実際の固有名詞が多数登場する点も、作品のいろどりとなっている。

『愛のようだ』
著者の長嶋有にとって初の書き下ろしでもある恋愛小説。舞台はおもに車中。音楽や漫画など、実際の固有名詞が多数登場する点も、作品のいろどりとなっている。

長嶋有『愛のようだ』(リトル・モア)も、遠くへ出かける描写が多く登場するが、変わっているのは、出かけた先でのことは一切書かれない。移動する過程というか、車中でのやりとりが主となっている、他ではあまり例のない小説だ。

印象的なフレーズが多く登場し、思わず笑ってしまうような箇所も多数あるが、最後には少し泣いてしまった。移動を繰り返す小説に感情移入し、このドライブに参加したいなあ、なんて呑気なことも考えていたのだが、最後に残った感情は、とどまっていたい、だった。ここに、この物語にとどまって、生まれた感情を味わっていたい、と。

 

頁をめくる手が止まらなくなる
濃密さと丁寧さのある小説

画像: 『名前も呼べない』 第31回・太宰治賞受賞作。不倫相手の恋人と過ごした日々や、唯一の親友とのやりとりなどが丁寧に書かれている。受賞後第一作「お気に召すまま」も収録されている。

『名前も呼べない』
第31回・太宰治賞受賞作。不倫相手の恋人と過ごした日々や、唯一の親友とのやりとりなどが丁寧に書かれている。受賞後第一作「お気に召すまま」も収録されている。

自分の感情を味わいたい気持ちになるという点では、伊藤朱里『名前も呼べない』(筑摩書房)を推薦したい。恋人に娘が生まれたことを、他愛もない第三者の噂話によって知る冒頭から、物語に強く引き込まれる。

読み進むうちに、落ち着かない気持ちになるのだが、けっして不快ではない。むしろ頁を繰る手が止まらなかった。主人公の恵那にとって恋人は、ありえないほどの幸福と絶望をもたらす存在であるのだが、それが矛盾しないことを、自然と納得させられる。本書は著者のデビュー作でもあるのだが、小説の濃密さと丁寧さは、とてもそんなふうには感じられない。二作目以降も楽しみで仕方ない。

 

温度と湿度の高い恋愛が
深く突き刺さっていく作品

画像: 『あられもない祈り』 〈あなた〉と〈私〉による、密室のような濃度の高い恋愛を描いた作品。一つ一つの文章が、まるで詩であるかのように練りあげられ、唯一無二の世界観を作り出している。

『あられもない祈り』
〈あなた〉と〈私〉による、密室のような濃度の高い恋愛を描いた作品。一つ一つの文章が、まるで詩であるかのように練りあげられ、唯一無二の世界観を作り出している。

そして最後に強く推薦したいのが、島本理生『あられもない祈り』(河出文庫)。著者は多くの恋愛小説を書いているが、中でも本作は、恋愛というものに真っ正面から向き合っている。

作中の「あなた」も「私」も、最後まで名前はわからない。名前すらも必要としないほど、温度と湿度の高い恋愛は、読んでいるこちらにまで深く入りこみ、深く突き刺さっていく。最初から最後まで熱を帯びている。

 

紹介したのはどれも、読んでいるうちに、恋愛と向き合っていくことになる本だが、一方で、自分自身とも向き合っていくものだ。

恋愛と向き合うのは、自分自身と向き合うことでもあるのかもしれない。知りたいのは相手の気持ちだけじゃなく、自分の気持ちもだ。だから恋人や好きな人の有無にかかわらず、ぜひ手にとってみてもらいたい。自分を知るために。

 

●情報は、FRaU2016年8月号発売時点のものです。

 

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