いい女になりたい。でも、なにをもっていい女とするかはけっこう難しい。見た目も大事なのだろうが、歳を取るにつれて「中身も大事だろ」と思うようになってきた。しかしわたしの中身ときたら、長年ほったらかしにされ、曇ったり、ヒビが入ったり……早急にメンテナンスが必要な状況である。

というわけで、この連載では、マンガ・映画・小説などに登場するいい女について考察していく、憧れすぎて自分の中に「飼いたい」と思ってしまうようないい女たちから、大いに学ぼうじゃないか。

 

今月のいい女:
伊藤野枝という女

『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』(岩波書店)という本がある。著者の栗原康さんは、気鋭のアナキズム研究者なのだが、彼の書く文章はめちゃくちゃ面白くて、なんというか、およそ研究者が書いたとは思えない。あとがきを読んでいると「この本をかいているあいだに、かの女ができた。三年ぶりだ。まだつきあいたてということもあって、ひたすら愛欲にふけっている。好きで、好きで、好きで、どうしようもないほど」とか書いてあったりする。ふつう、伝記のあとがきにこんな文章は出て来ない。でも、栗原さんはそういうことを書いてしまえる。ちょっと不思議な人だ。

そんな彼の解説で伊藤野枝の一生を読んだら、すっかりファンになってしまった。歴史の教科書でしか知らなかったあの伊藤野枝がこんなに激しくも魅力的な女だったとは。

明治28年に福岡で生まれた野枝は、びっくりするほど働かない父親のもとで育ち、大変に貧乏なのだが、「東京に行きたい!」となったら、お金持ちの叔父に頼み込み、3日徹夜して1日寝て、を繰り返す謎の勉強法で上野の女学校にトップ入学。さらに学校の先生だった評論家の辻潤を好きになってしまって、猛アタック。すでに決まっていたお見合い結婚を蹴っ飛ばし、見事に辻をゲットするも、今度は大杉栄が好きになってしまう。もう、野蛮と言ってもいい程の自由さだ。

彼女がすごいのは、恋愛絡みだけじゃない。「大正時代のアナキスト、ウーマンリブの元祖」とも言われるように、社会運動にも大きな関心を寄せていた。いまでいうセックスワーカーを、それもまたひとつの仕事だと主張し、決してバカにしなかった。また、家に縛られ、家のために生きることでしかその価値を認められない妻たちを解放しようともしていた。

栗原さんはそんな野枝を、こんな風に説明して見せる……「うつべし、うつべし。姦通罪、もちろんいらない。貞操観念、もちろんいらない。結婚制度、もちろんいらない。好きなひとと好きなようにセックスをして、好きなようにくらすのだ。はじめに行為ありき。女性たちの心から、奴隷根性をひっこぬこう」。

自分の欲望を大事にするからこそ、他人の欲望も積極的に認める。利己的であるがゆえに、他利的になれる。それが野枝である。「わたしも我慢してるんだから、あなたも我慢しなさい」がスタンダードの日本で、欲望を全肯定する女は目立つ。社会秩序を乱す存在だと思う人もいるだろう。そんな女の人生は常に炎上中である。しかし炎に焼かれても己のスタイルを曲げないところが、実にいい女だなあと思う。

みんなに好かれなければと顔色をうかがっている暇があったら、自分で自分を好きになれ。わがまま上等。そうやって28年の短い人生を駆け抜けた野枝が、わたしにはすごくまぶしい。

 

PROFILE

トミヤマユキコさん
1979年生まれ。早稲田大学文化構想学部助教。少女漫画を中心としたカルチャー関連の講義、研究を行う。また、様々な媒体でコラムや評論も執筆中。「春先にトレンチコートを購入したのですが、防寒の要素が全然ないものでした(泣)。秋冬用のトレンチを探す旅に出なければ……」

 
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●情報は、FRaU2017年11月号発売時点のものです。

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