冒険でも、暴挙でも、挑戦でもない。56歳で裸の自分を写真集に残すことは、彼女にとっての “必然” だった。

 

“世界一の写真家”
ヘルムート・ニュートンとの出会い

画像1: photo by Peter Lingbergh

photo by Peter Lingbergh

31歳の夏のことだ。短期の語学留学のためにニューメキシコに到着したその日、石田さんのもとに一本の電話がかかってきた。

「ヘルムート・ニュートンが、あなたに会いたいと言っています。今すぐパリへ向かうことはできませんか?」

ヘルムート・ニュートン。石田さんはずっと、彼のことを “世界一の写真家” だと思っていた。当時、日本はヘアヌード写真集ブームで、石田さんのもとにも、写真集のオファーが次々に舞い込んできた。でも、彼女は決めていた。せっかくヘアヌード写真集を撮ってもらうなら、世界一の写真家がいい、と。

「私が、いろんな人にその話をすると、『気でも違ったのか』と呆れられるか、『何をバカなことを。お前ごときをヘルムート・ニュートンが相手にするわけないだろう』と鼻で笑われるかのどちらかでした(苦笑)。でも、私は本気だったんです。

その頃は、仕事を始めて15年ほど経っていたけれど、プライベートもうまくいかず、仕事でも、いわゆる “番手” が下がっていた時期でした。だから、『ああ、もう私の女優としての旬は過ぎたのかもしれない。キャリアを重ねても、年を重ねることで仕事が減っていくなんて、女優って、なんて残酷な仕事なんだろう』なんて思って(苦笑)。

何事にも疑心暗鬼になってしまっていて、精神状態はズタズタでした。もっと素っ裸で生きるためにはどうしたらいいだろうと考えて、出した結論が、世界一の写真家にヌード写真集を撮ってもらうこと、だったんです」

 

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