「食欲の秋、到来!」のコピーがあちこちで踊るこの季節、私たちをおおいに悩ませるのが「カロリー」の四文字。今回は、そこに潜む不合理な規範の正体を暴きます。

 

今月のBOOKは……

画像: 今月のBOOKは……

『BUTTER』柚木麻子(新潮社)
柚木麻子といえば、『ランチのアッコちゃん』シリーズや『あまからカルテット』をはじめ、「食」をテーマにした美味しい女の友情を描かせたらピカイチの作家。だが、こちらはいつもの軽妙な歯ざわりとは打って変わり、みっちり身の詰まった濃厚テイストの長篇。現代の社会の中でしつこく抑圧され続ける女たちの複雑な欲望を解放していく。

 

「太ることは罪か?」

胃袋をつかまれる、とはよくいったものだ。美味しそうな食べ物が出てくる小説は、もうそれだけで3割増し(5割増し……いや、10割増し?)で魅力的に感じてしまう。

けれど、文字で描かれたメニューと違い、現実の食べ物には「カロリー」というものが存在する。こいつがなかなかの曲者で、時に得体の知れないモンスターとなって人びとの前に現れることがあるのだ——とりわけ、妙齢の女性たちの前では。

その背後にある、いびつな抑圧の正体を物語の力でじっくり丹念にあぶり出したのが、直木賞候補になった柚木麻子の労作『BUTTER』だ。婚活連続殺人事件こと木嶋佳苗事件をモデルに、現代の男女を縛りつける非合理な社会規範の在り方を浮き彫りにしていく。

 
主人公である大手週刊誌の記者・里佳は、女性初のデスクの座をもぎ取るため、世間を大きく賑わせた連続不審死事件の容疑者・通称「カジマナ」の独占インタビューを仕掛けようと目論んでいる。めでたくライバルを出し抜き面談にこぎつけたものの、カジマナから出た言葉は「美味しいものの話しかしない」。かくして里佳は、カジマナの指定したむちゃぶりグルメミッションを必死にこなすことに。

たとえば、「バター醤油ご飯」の初体験に始まり、すでに予約の打ち切られたウエストのクリスマスケーキをどうにかこうにか入手して味わったり、恵比寿のロブションの絶品フルコースをひとりで完食したり。中には、新宿の靖国通りにあるラーメン屋で夜明けの3時から4時のあいだの時間帯、必ずセックスの直後に「塩バターラーメン」をバターましましで食べる(!)という、謎すぎる指令まである。共通しているのは、いずれのメニューもバターたっぷりでこってり高カロリーだということ。その結果、里佳はまたたくまに——太る。

 
注目すべきは周囲の反応だ。痩せていない。ただそれだけのことで、もちろん誰にも迷惑なんてかけていないはずなのに、男たちは(時には女友達でさえ)執拗に里佳を弾劾する。周りの目を気にせず、自らの欲望のままに体型を変えることは、彼らにとっては「理解できない」存在であり、「許されない」存在とニアリーイコールなのだ。実際に太ったことで——つまりは周囲の価値規範から期せずしてはみ出したことで、そこにあった理不尽な圧力に改めて気づいた里佳は、自分で自分を肯定し、解放するための生き方を模索し始める。

食べること。それは本来、自分を充実させるための行為だ。すくなくとも健康を害さない限りは、他人が勝手に決めたルールや同調圧力におびえる必要なんかない。だって食べ物から摂取したカロリーは、他でもない、自分のためだけに蓄えられるエネルギーなのだから。 

 
▼前回の記事はコチラ!

 

PROFILE

倉本さおりさん
1979年生まれ。ライター、書評家。『小説トリッパー倉本さおり 』、『週刊新潮』誌上にて書評コラム連載中。共著に『世界の8大文学賞 受賞作から読み解く現代小説の今』(立東舎)。

 
●情報はFRaU2017年11月号発売時点のものです。

コメントを読む・書く

This article is a sponsored article by
''.