24年前、“エロチシズムの巨匠” ヘルムート・ニュートンとのコラボレーションで、ヌードが100年先も残るアートであることを世に知らしめた彼女が、21世紀の今、肉体と内面に人生という名のアートを携え、ピーター・リンドバーグの前でそのすべてをさらけ出した。年齢を重ねることで、野性味は研ぎ澄まされ、知性は蓄えられ、そして磨かれ…… 。それぞれの写真は、人生を謳歌する大人の女性からの、まるで応援歌のようでもある。

 
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ピーターの撮った写真からは
女性らしい野性と知性が感じられた

画像1: photo by Peter Lingbergh

photo by Peter Lingbergh

石田さんは、30代のときから常に、10年先、20年先の自分をイメージしていた。31歳での語学留学を皮切りに、それ以降、アイルランド、ロンドン、カナダ、ニューヨークと、半年ずつぐらい、いろんな場所に留学した。学ぶのは、主に英語と演劇。死ぬまで俳優業を続けるために、自己投資は怠らなかった。

「とはいえ40代の頃は、子供を産んで家庭を持つ夢も、微妙に諦めていなかったりして……(笑)。頭の中で勝手に、『石田えりさん、50歳で出産』というニュースが世間に広まることをイメージしていたんです。恋人もいないのに(笑)。でもそれは、所詮頭で考えていたことで、心の芯からの願いじゃなかったんでしょう。51歳になったときに、『これ、違ったな』って、すっぱり家庭願望は捨てました」

 
そうして、50代も半ばを迎えた頃、あるテレビコマーシャルが、石田さんの心を摑んだ。ライザップ。サーフィンをしたり、走ったり。週に2日はかならずワークアウトやスポーツに励んでいた石田さんだが、「痩せない」ことに頭を悩ませていた時期のことだった。見事に痩せていく有名人の姿を目にして、彼女は、一つの目標を掲げた。

「60歳になったら、ライザップに通って、痩せて、写真集を出そう!」

そう決めていた石田さんのもとに、ライザップから直々に、「ライザップでダイエットして、CMに出ませんか?」というオファーが来た。話が向こうから来たということは、チャレンジすべきなのは、60歳じゃなくて、今なのかもしれない。そう思った石田さんは、「やる! やります!」と即答した。

「でも、ただライザップでダイエットをするだけじゃなく、私にとっては、その後何をするかということが大切だったんです。ですから、あのCMは、今回のピーター・リンドバーグさんとの写真集のお話も含めて引き受けたものでした」

写真集の撮影は7月。50代に突入して以来、どんなにダイエットを頑張っても、“背中とお腹がぶよんぶよんしてた” 石田さんだったが、ライザップに通い始めた途端、ビックリするぐらい短期間で痩せたという。

「実際は、体重が落ちるようになるまでには、ある程度の時間がかかりました。でも、落ち始めるとドンドコ痩せた(笑)。あまりにスルスル痩せるから、これでも、途中で止めたんです。『これ以上痩せたくありません』と言って、撮影の1~2週間前ぐらいから羊羹とか食べて」

 

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