直前になってバタバタするのはお約束中のお約束。逆に、何日も前から気になってしまい眠れなくなるケースも…… 。今回は「〆切」が引き起こす症例と効能についてのお話です。

 

今月のBOOKは……

画像: 今月のBOOKは……

『〆切本』『〆切本2』(左右社)
作家と「〆切」をテーマにした話題沸騰中のアンソロジー・シリーズ。書けない自分自身への絶望、編集者からの鬼の催促、襲い来る幻覚や痔の痛み。それでも立ち向かい続ける猛者たちの姿にきっと勇気をもらえる……はず。

 

すべてこの世は〆切である

「〆切」の訳語が「デッドライン(deadline)」だと知ったときの衝撃は忘れられない。小学生だった頃、八月三十一日になるときまって発動した阿鼻叫喚ぶりにはじまり、願書や卒論の提出日をめぐるゴタゴタ、年間経費の計上や確定申告のプレッシャー……。思い出すだけで動悸が激しくなり胃がキリキリと痛みだす。当人にすれば発狂寸前、まさに人生の「死線」をさまようような体験といえるだろう。

 
『〆切本』とはその名のとおり、エッセイから日記・手紙など、名だたる文筆家たちの「〆切」にまつわる文章を選り抜いて集めたユニークなアンソロジー・シリーズだ。期日に間に合わせる――ごく単純なはずのそのプロセスが、未曽有のエンターテインメントとして成立することを見事に証明してみせている。

気に入らない。気が乗らない。気に食わない。書き手としてのプライドがあるからこそ、ああでもないこうでもないと繰り返し気を揉む田山花袋の姿は典型的な〆切症例だ。たいていは自虐まみれの言い訳を連ねるケースが目立つが、中には横光利一のように〈書けないときに書かすと云ふことはその執筆者を殺すことだ〉と逆切れをかましてみせる強者もいる。柴田錬三郎にいたっては、なんと連載小説まるまる一回分のページの空白をすべて「書けない」弁解で埋め尽くす荒業を発動。なんとも潔いというか図太いというか、どうやら〆切とは人間の自意識を丸裸にしてしまうものでもあるらしい。

書けない苦しみから、ふらふらと夜明けまで歩き通した挙げ句、〈「俺は、樹になりたい。」〉と呟く者がいれば、何もかも嫌になって窓から仕事用の資料を投げ捨ててしまった後、やっぱり不安に駆られ、雨の中ブリーフ一枚で資料をかき集める者もいる。迫りくる〆切の重圧から奇行に走ってしまう患者も多い。「浅見光彦シリーズ」で知られるミステリの大御所・内田康夫は、消耗のあまり、一度死んだはずの登場人物を間違えて再登場させてしまう大失態を犯したことを告白している。満身創痍とはこのことだ。

〈「今夜、やる。今夜こそやる。」〉〈用もないのに、ふと気が付くと便所の中へ這入っている〉〈「ほんとに風邪ひいたんですか」〉〈「殺してください」〉〈「さよなら私の信用!」〉――ぎゃあああ! 表紙や中扉に引用された一文だけで、もう即座に状況がわかってしまうのがつらい。痛い。だからこそ、面白い。限られた時間の中で四苦八苦する彼らの姿は、すべての仕事に従事する人間にとっての鏡像でもあるからだ。キワキワの文言に悶絶しつつも、なぜかじわっと力が湧いてくるのは、先人たちの闘いが私たちの人生そのものの背中を押してくれているからだろう。

 
〈仕事はのばせばいくらでものびる。しかし、それでは、死という締切りまでにでき上る原稿はほとんどなくなってしまう〉――

時間はいくら引き延ばしても、のっぺらぼうなものでしかありえない。いうなれば〆切とは、人生というキャンパスに緻密な絵を描くための、厳しくも頼りがいのある補助線なのだ。

 
 
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PROFILE

倉本さおり Saori Kuramoto
1979年生まれ。ライター、書評家。『倉本さおり 小説トリッパー』『週刊新潮』誌上にて書評コラム連載中。共著に『世界の8大文学賞 受賞作から読み解く現代小説の今』(立東舎)。

 
●情報は、FRaU2018年1月号発売時点のものです。

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