かつて多くのキリシタンが弾圧から逃れ、密やかに信仰を守り続けた五島列島。島々に点在する教会はじつに個性的で、そこに暮らし、祈りを捧げ続けた人々の手触りとぬくもりが残っています。

教会に刻まれた彼らの想いをじかに見たいと、絵描きの下田昌克さんが島を巡りました。

 
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教会巡りを通して感じた
祈りの島の人々の想い

上五島の頭ヶ島にある頭ヶ島天主堂。五島列島では珍しい石造りの教会は信者らが近隣の島から地道に石を切り出し組み上げたもの。十字架は海と、石が採取されたという島の方を向いて建っている。

上五島には29もの教会が点在している。中でも下田さんが訪れてみたかったのが、中通島の北東に位置する頭ヶ島にある頭ヶ島天主堂だ。

かつて無人島だったこの島は、弾圧の目をかいくぐるのに絶好の場所。本土から移住した潜伏キリシタンたちはここを開拓して集落を作り、密やかに信仰を守り続けたという。
 

頭ヶ島天主堂の設計は鉄川与助によるもの。弾圧の解除後、鉄川は長崎を中心に多くのカトリック教会を手がけた。

一時は弾圧により島民全員が島を離れたが、禁教令解除の後は復帰した信者たちにより木造教会が建てられ、1919年に今ある立派な石造りの天主堂が完成した。端正に組み上げられた石は近隣の島から切り出されたもので、信者らが力を合わせ、少しずつ船で運んだのだという。
 

画像: 頭ヶ島天主堂の近くにある墓地。日本風の墓石の上に十字架がしつらえてある。どの墓にも島らしい色とりどりの花が手向けてあった。

頭ヶ島天主堂の近くにある墓地。日本風の墓石の上に十字架がしつらえてある。どの墓にも島らしい色とりどりの花が手向けてあった。

教会から少し歩いた浜からその島が見えると聞き、「ぜひ見たい」と下田さん。教会の前の坂を海に向かって下っていくと、十字架を乗せた墓石が並ぶ浜辺へと出た。その向こうに見える島こそ、かつて彼らが教会の礎となる石を切り出した場所だ。

島を見渡せる防波堤の突端に腰を下ろし、下田さんはスケッチブックを開く。下描きはせずに、島と海、空を一気に描いていく。

「全然写実的じゃないでしょ、僕の絵って。でもさ、見たまんまをそのまま綺麗に書き写すのじゃ面白くないじゃない。というか、そっくりそのままの風景っていうの、描けないんだけどさ」と笑っていた。
 

頭ヶ島の防波堤で海と島のスケッチをする下田さん。「海ギリギリまで緑が迫っている島って、なんかいいよね」。以前旅した南東アラスカで見た島々に少し似ていると、昔の旅の話をしてくれた。

スケッチブックの中にはマリンブルーの凪いだ海に浮かぶ、丸みを帯びた優しい島。目の前にある、風景としての島は幾分険しさを感じさせるようなところがあったが、下田さんの描いたそれはどこまでもほのぼのと穏やかだ。

かつてここから対岸を見ていた信者たちに、あの島や海はどう映ったのだろう。できることなら下田さんの絵のように平和で、静かに凪いだものであってほしい。そう思わずにはいられなかった。

「さて、帰りますか。あ、その前に写真を撮りましょう」そう言って、下田さんはまた恐竜男に変身する。

防波堤に、鋭い牙を持った恐竜の頭が影絵のように映っている。人が生まれるずっと前、この島が無人島だった頃にタイムスリップしたような気分になる。
 

画像: 恐竜男、五島列島に現る! ビーチに砂絵を描いていたら、駐在さんがスクーターで様子を見にきた。「これかぶると、旅先でも会話が弾んだりして面白いんですよね」と下田さん。描いた絵も恐竜だった。

恐竜男、五島列島に現る! ビーチに砂絵を描いていたら、駐在さんがスクーターで様子を見にきた。「これかぶると、旅先でも会話が弾んだりして面白いんですよね」と下田さん。描いた絵も恐竜だった。

「こんな大きな生き物が、たしかにこの地球上にいたということにハッとさせられる」と下田さんは言っていたけれど、その感覚が少しだけわかったような気がした。

それは恐竜だけでなく、今、目の前にはもうない、すべてのこと。人も風景も信仰も永遠に変わらず残るものなど何もない。だからこそ後を生きる者は想像する。かつて確かにそこに存在し、今この瞬間まで地続きになっているものの気配を感じてみたいと願う。

「次は他の島にも行って、もっと色々教会を回ってみたいですね。暮らしの数だけ教会の形もあるでしょうから、それがどう表れているのかを見てみたいと思います」
 

五島うどんは大きな鍋で麺を茹でてみんなでつつく「地獄炊き」が地元流。中通島の〈竹酔亭〉では予約すれば昼でも食べられる。

信仰はひとつだとしても、それを育んできた人々の生き方はひとつとして同じものはない。五島列島の教会を巡るということは、その軌跡を一歩一歩確かめながらたどるということなのだ。旅をしながら、そう教えられたような気がした。

頭ヶ島天主堂
長崎県南松浦郡新上五島町友住郷頭ヶ島638
☎098-823-7650(インフォメーションセンター)
 
竹酔亭
長崎県南松浦郡新上五島町七目郷56-1
☎0959-42-0650

 
絵描き・下田昌克が旅する五島列島「祈りと想いに満ちた島」 おわり

 
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PROFILE

下田昌克 Masakatsu Shimoda
1967年生まれ。世界を放浪中に描いたポートレートが注目を浴び、絵描きに。近年は、キャンバス生地で恐竜の作品を制作。近著に『恐竜がいた』(詩・谷川俊太郎 スイッチパブリッシング)ほか多数。

 
●情報は、2018年6月現在のものです。
Photo:Norio Kidera Text:Yuriko Kobayashi

  

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