映画に育てられた安藤政信さんだが、プライベートでは “写真” を撮ることが大好きだそう。なんと、知り合いのカメラマンのアシスタントも買って出るほどだ。俳優として自分を売り込んだことは一度もないのに、写真の売り込みには積極的。写真絡みのエピソードからは、さまざまな “知られざる安藤政信の素顔” が顔を出す。写真の話をし始めると止まらないが、実は、俳優の仕事との共通点もあって……。

 

▼前ページはこちら!

 

映画の現場にあるのは
監督と共演者を愛したいという思い

――映画愛の強い安藤さんですが、創り手側に回りたいと思ったことはないんですか?

安藤:自分で撮るなら、ムービーよりスチールの方が好きです。プライベートではもう20年写真を撮り続けてるから。そこで、“表現” ってことに関しては自分のやりたいことを全部やってますね。写真って、たった一枚に何かを感じて、ずっと心も身体も静止した状態で見ていられるというのが、すごく素敵だなって思うんです。

たとえば人間じゃなく、花とか風景が写っているだけなのに、そこに時間も表情も感情も感じられる。映像は流れていくけど、写真は、静止し続けて、なのにずっと何かを感じ続けられる。それが面白いから、写真だけはやめられないですね。自分でも、こんなに好きだなんてちょっとビックリするくらい好き。単純に “好き” ってことで言えば、役者よりずっと写真の方が好きです(笑)。

役者をやっていると、どんな作品に出ても、“自分の作品だ” とは思えないんです。やっぱり、監督やプロデューサーのものだと思う。でも写真なら、自分のやりたいイメージがあって、シャッターを押すジャッジも自分で決められるから。写真家の友達も多いですね。

 
――20年写真を撮り続ける中で、撮りたいものが変化していったりは?

安藤:撮ってる写真は一貫してますよ。あ、でも「コード・ブルー」で脳外科医の役をやっていたときは、実際に脳外科の手術が見たくて、患者さんの許可を取って、手術シーンを2回かな? 見せてもらったりもして。脳膜を切って、その切り口から血が滲んで、中から脳が見えてくる。そこには血の匂いも充満したし、なんというか、役者にならなかったら絶対に体験できない体験をしたんですよね。

その時に撮った花が、脳に見えたりはしました。何時間も、ずっと集中して人と脳を見てたせいだと思う。あとは、この間公開された『STILL LIFE OF MEMORIES(スティルライフオブメモリーズ)』という映画では、女性器を撮るカメラマンの役で。映画の撮影中は、1日20時間ぐらい女性器を見ていたから、もう穴が空いているだけで、何でも女性器に見えちゃうことはありました(笑)。
 

画像1: ©森沢明夫/双葉文庫 ©2018「きらきら眼鏡」製作委員会

©森沢明夫/双葉文庫 ©2018「きらきら眼鏡」製作委員会

――『きらきら眼鏡』のときは? 去年の9月の撮影中に、被写体が別のものに見えたりはしたんですか?

安藤:この現場のときはそういうことはなかったです。この現場に入る前、2ヵ月ぐらいかけて60人ぐらいの写真を撮ったので、そこはやり切ってたというか。そもそも、去年の前半はプライベートの時間がなかったので、終わってから一気に撮ったんですよ。

 
――もしかして、安藤さんにとって、撮ることが自分にとってのリハビリになっているんでしょうか。

安藤:そうですね。20代の頃、“人に会いたくない病” の自分から脱却できた理由の一つは、撮った写真を人に見せたいから、誰かと会うってことがあったと思います。ファッションショーで会ったロシア人のカメラマンが、ものすごくじっくり、長いときでは3時間ぐらい俺の写真を見て、「興味深い」と言ったり、「これを撮ったときの気持ちは?」とかいろいろ質問してくれるので。その人に見せたりとか。

 
――映画はどうですか? 自分が出演した作品を人に観てほしいとは思いませんか?

安藤:……それが……。そもそも、自分の出演した作品をそんなに観ないんです。昔よりは観るようになりましたけど。正直言うと、20代の頃は、ほとんど観てなかったですね。その状態で取材を受けたりもしてましたから、今思えば、さすがに監督には申し訳なかったな、と(苦笑)。……やっぱりね、大画面で自分見るのは、結構キツいんです。でも最近は、頑張ってしんどいけど見るようにしてます。

 
――でも、20年以上俳優を続けているということは、やっぱり本能的に、俳優という仕事に魅力は感じているのではないですか?

安藤:どうなんですかね……。オファーが来るから続けてますけど、これが来なくなったら、自分から売り込んだりはしないでしょうし。6年前に、事務所を辞めたとき、しばらく一人でブラブラしてたんですよ。そうしたら探し当てられて、「この仕事お願いします!」って、創り手の情熱で、映画界に引き戻された(笑)。

本当は、写真で食えたら写真で食っていきたい気持ちもあるんです。勝手なんだけど、自分で撮った写真は「見て! 見て!」って、すごく見せたがりで、撮ったモデルの女の子たちに、ぱーって雑に見られると超ムカつく(笑)。知り合いのカメラマンのアシスタントをしたこともありますよ。ビックリされましたけど。

あとは、写真なら自分で営業もいく(笑)。この間、カルチャー雑誌の副編集長に100枚ぐらい見てもらったら、「すっごくいい」と言ってくれて、あれは絶対ウソじゃないと思った。写真を褒められると、すごく嬉しいんですよ。だから、お世辞かもしれないけど真に受けちゃう(笑)。芝居を「よかった」といわれても、「えー、また調子いいこと言って」って内心思って終わりなのにね(苦笑)。
 

画像: 衣装協力:SOLIDO

衣装協力:SOLIDO

――根っからのアーティスト気質ですね。エゴだとかサービス精神とか、自分や他者に対する愛憎みたいなものが、複雑に絡み合ってる(笑)。

安藤:そんなようなことを、この間(蜷川)実花にも言われた(苦笑)。「私には安藤くんの彼女は無理だ。奥さんは偉い」って。でも、俺結構気ぃ遣いだし、こうやって取材受けてるときも、俺なりに盛り上げようと思ってしゃべってるのに……。今日は暑いから、朝「行きたくねぇな」って思いながら、電車に乗ってきたのに……(笑)。

 
――表現者だからこそ、“撮る” ときに、生きている実感が一番得られるから、相対的に他の時間がつまらなく感じられてしまうのかもしれないですよね。実花さんもよく、写真撮っているときの忘我の瞬間が好き、みたいなことを話していますし。

安藤:あー、それは俺もそうだ。芝居やっているときも、現場では監督と共演者を愛したいという思いだけでずっとやってて。演じてるときは恥ずかしさもないのね。でも終わった瞬間に、役を離れた形で会うのは、俺はすごく恥ずかしい。それと同じで、写真も、撮ってるときは全然恥ずかしくないんです。でも、撮影が終わって、被写体と目を合わせて話すってすごく難しい。嫁とも目を合わせて話さないもん(苦笑)。

 
――(笑)。では、最後に旅のお話も伺わせてください。旅、お好きですよね。

安藤:FRaUと言えば、以前写真家の平間至さんと一緒に、京都に行かせてもらったことがありました。懐かしいな。できるなら、紙の雑誌で、女の子とかと旅しながら叙情的な写真を撮っていく、みたいな企画をやってみたいです。

でもね、旅は最近行ってないです。子供が出来たから、なかなか……。昔は、仕事から逃げられるという理由で、よく旅に出てましたね。一本仕事が終わってギャラが入ると、京都とかで1ヵ月間ぐらいホテルに滞在して。そこからレンタカーを借りて、神社仏閣なんかを見て回る。で、もうちょっとでお金がなくなるって時に事務所に電話して、「そろそろ東京戻ります。仕事入れてください」みたいな、そんなサイクルでした。

でも、子供が出来るとそうはいかない。お金がなくなる前に仕事を入れなきゃいけないから。そういう意味では、必然的に俺も、寛容にならざるをえなかったのかもしれないです(苦笑)。

 

PROFILE

安藤政信 Masanobu Ando
1975年生まれ。神奈川県出身。1996年映画『キッズ・リターン』(北野武監督・脚本)で俳優デビュー。数々の映画賞新人賞を総なめにする。深作欣二監督の『バトル・ロワイヤル』(2000年)や本広克行監督『サトラレ』(2001年)、李相日監督『69sixty nine』(2004 年)、石井隆監督『GONINサーガ』(2015年)など、代表作多数。2009年には、チェン・カイコー監督の『花の生涯・梅蘭芳』で海外進出を果たした。俳優以外にフォトグラファーとしても活躍している。

 

INFORMATION

映画『きらきら眼鏡』

画像2: ©森沢明夫/双葉文庫 ©2018「きらきら眼鏡」製作委員会

©森沢明夫/双葉文庫 ©2018「きらきら眼鏡」製作委員会

「時間って命と同じだから、もたもたしてたら時間切れになっちゃうよ」。恋人の死を乗り越えられずにいた明海(金井浩人・新人)にそう教えてくれたのは、一冊の古本がきっかけで出会ったあかね(池脇千鶴)。いつも前向きで笑顔のあかねは、見たもの全部を輝かせるきらきら眼鏡をかけていると言った。でも、彼女もまた、余命宣告された恋人の裕二(安藤政信)と向き合うつらい現実を抱えていた――。TOHOシネマズ ららぽーと船橋で2018年 9月7日(金)より先行公開。9月15日(土)有楽町スバル座、9月29日(土)シネマート新宿ほか全国順次ロードショー。

 
Photo:Akina Okada Hair&Make-up:Hiroyuki Hosono(PUA NA PU) Inteview&Text:Yoko Kikuchi  Cooperation:ヨネヤマ

 

▼こちらの記事もチェック!

This article is a sponsored article by
''.